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Nobuyuki Takezawa

Author:Nobuyuki Takezawa
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※プレビュー画像はかなり美化しております。こんなに若くありませんしm(_ _)m でも、カラオケ好きなのでマイクを持たせました※

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赤い服の女 【2】

【2】

 八尾プロレス団体の本社は近鉄八尾駅のずっと北側にある。元は配送センターだった会社を買い取ったのだ。理由は、ネット通販の拡大でその配送センターが手狭になり、安く売り出されていたのと、プロレスのリングや機材やグッズやレスラーの移動の為、大型トラックやバスを常駐させるのに最適な大きさだったからだ。それまではレンタル駐車場を使っていたが、後々の事を鑑みると結局安くなるらしい。

 それと、配送センターの広い倉庫をリフォームして、屋内練習場として活用している。荷物を保管しておく為の冷暖房機や空調設備があり、快適な環境で練習に励める。以前はプレハブで夏はサウナ、冬はストーブを入れるけど寒い日にはいつまでも吐く息が白かったとか。暑いと余計なスタミナを消費するし、寒いと筋肉がほぐれきれずに怪我をしやすいのである。

 朝の9時30分頃に起きて、トーストとハムエッグとコーヒーで朝食をすませる。そして身支度を調えてマンションを出る。タクシーを拾う前に近くのコンビニで関西スポーツの朝刊を買った。

 「おおっ!」

 俺は一面を見て驚いた。『都市伝説は本当だった!? 赤い服の女、現る!?』との見出しで、須賀が女に立ち向かう写真が紙面を飾っている。帰りがけに撮った居酒屋金閣の破壊された自動ドアも。記事の内容は大体俺が書いたものだ。『巨大な赤い服の女、目撃者多数!!』『須賀選手、拉致され行方不明!?』との中記事も有り、編集が手直ししてかなり大袈裟になっている。

 スマホにメールが届いた。内容は『スクープ、おめでとう。引き続き八尾プロレスの取材を徹底するように』だ。言われなくてもするのを知って貰っているので詳細は省いてある。

 コンビニで関西スポーツ紙の残りを全部買って、タクシーで八尾プロレスに向かう。これらは八尾プロレスの関係者の分だ。

 八尾プロレスに着いた。いつもなら午前の練習時間だ。が、何台もの車、タクシーが敷地内に留まっている。車の中には大手の新聞社やテレビ局のもある。他にテレビ中継車もある。

 「むはは」

 思わず笑ってしまった。俺のスクープ記事を見てスポーツ新聞各社と、一般の新聞社とテレビ局が集合したようだ。目撃者のマスコミへの通報もあったのだろう。都市伝説の『赤い服の女』だけだったら絶対取り上げないだろうが、実際にあったとなれば話は別だ。特に赤い服の女に須賀選手が拉致された事実、は刑事事件に発展する可能性がある。

 俺は記者やカメラマン達の人垣をかき分けて前に行こうした。が、彼らは俺を睨み付けて動こうとしない。当たり前である。位置取りで喧嘩になる事もあるのだ。原則として『先に来た者勝ち』だが。

 「すみせーん! 関係者でーす!」

 と俺は関西スポーツ朝刊の束を振り回して、大声で叫んだ。

 「関係者?」

 「あ、関西スポーツの?」

 「当事者か!」

 「前出て、前!」

 と記者達が口々に言った。俺は『すみませんねえ』と言い、彼らの前に出た。

 「えっ!?」

 俺は驚いた。昨日から驚きっぱなしである。

 記者達の前には背広姿の社長の木村氏、同じく藤本選手、そして中尾が横に並んでいる…。え?

 「須賀さん!?」

 俺はまたまた驚いた。こんなに驚いて寿命に影響しないか、と少し案じた。

 中尾の横に八尾プロレス専属選手用のジャージを着た須賀が居るのである。すまなさそうな顔で。

 「須賀さん、あああ、あれからどうなったんですか?」

 と俺。結構動揺している。

 「あ、加西さん。いやー、面目ない」

 須賀は頭を掻いて、恥ずかしそうに言った。

 「何が面目ないんですか?」

 「金閣で気を失って、気が付いたら八尾駅のタクシー乗り場のベンチでした」

 「は?」

 「覚えて無いんですよ。あの後、女に叩かれた後、ベンチで横になっていて…」

 「怪我は?」

 「無いです。あ、自動ドアを壊した時の切り傷はありますけど」

 「いやいや、顔面叩かれて、頭、打ったでしょ? そっちは?」

 「うーん、痛みも残ってませんし…。咄嗟に受け身をとったみたいですね。ま、鍛えてますから」

 「流石、プロレスラーだ」

 「どうもですー」

 と須賀は笑顔で言った。もっと色々訊きたいので須賀に近寄ったら他社の記者達が俺を取り囲んだ。

 そして『一緒に居たんですよね?』『何があったんですか?』『他に写真はありますか?』『詳しく教えて下さい』『赤い服の女って実在するんですよね?』『関西スポーツの都市伝説って本当なんですか?』『記者が当事者って都合良すぎませんか?』等々、矢継ぎ早に質問して来た。皆さん、ICレコーダーを手に持っている。テレビカメラも向けられているし、写真も撮られまくっている。立場が逆なら俺も質問する側だから丁寧に答えようと思ったけど、これだけ大人数で一斉に質問されるとなんか腹が立つ。

 でも、俺の証言が『当事者である関西スポーツの記者によると』なんて他紙やテレビ放映されると新聞の部数も伸びるってものだ。ボーナスが出るかも知れない。我慢して答えようとしたその時、誰かが『敵対しているレスラー同士が飲み会って、プロレスは八百長ですよね! インチキですよね!』と怒鳴った。

 「はあっ?!」

 と俺。怒鳴ったのは大手の新聞社の若い記者だ。見知っているスポーツ新聞の記者達は『なんだコイツ?』と言う顔でその若い記者を睨んだ。他にも呆れた顔をしている記者も居る。

 ここでプロレスについて説明する訳にはいかない。時間が掛かり過ぎるからだ。何故か事情を知っているだろうテレビのインタビュアーも俺にマイクを向けて『インチキなんですか?』とニヤニヤ顔で質問して来た。ワイドショーでプロレスの特集でもしたいのだろうか。それも穿った見方の。

 はらわたが煮えくり返る思いをグッと我慢する。そして怒鳴った若い記者に自分の名刺を渡し、耳元で『後で教えてやる』と低い声で囁いた。すると彼は顎を引いて俺を見つめた。

 「まあまあ、皆さん!」

 と言ったのは社長の木村氏だ。

 「今日は万博公園での興行の準備がありますし、取材は一旦お開きにして貰えまへんか。こちらの記者さんも困ってはります。須賀選手はこれから警察に行って事情聴取ちゅうのを受けやなあきまへんし。それに知ってる事は全部話しました。お願いしますわー」

 木村氏は深々と頭を下げた。取材陣は一応納得したみたいで、各々散り始めた。何人かは須賀に同行して警察に行くようだ。俺は木村氏に『少しお話が』と言った。木村氏は『ええで』と答えた。



 「プロレス記事のデビューが一面トップやなんて、ついてまんなあ、ほんまにぃ」

 と事務所の応接室で木村氏が笑顔で俺に言った。ここは記者やテレビやスポンサー関係者との打ち合わせに使う為、結構広くて豪華である。

 応接テーブルに着いているのは俺と木村氏と藤本選手の三人だ。テーブルには、俺が持って来た関西スポーツの朝刊の束と、事務の女の人が運んでくれたコーヒーセットが三人分置いてある。なかなか美味いコーヒーだ。

 「ついていると言えば言えますけど、トラウマになりそうですよ」

 と俺。時間が経つにつれ、あの時には感じなかった恐怖が頭をもたげて来る。

 「ははは。まあええがな。お陰様で八尾プロレスも全国的に名が売れると思うし。結果オーライでええんちゃいまっか」

 「まあ、そうですね」

 と俺。赤い服の女事件については俺が一番良く知っているので、逆に木村氏に色々訊かれた。と言っても、中尾と須賀から既に聞いていて、新しい情報は提供出来なかった。

 須賀は取材陣が解散するとすぐに警察に出向いた。試合は午後6時から始まるから十分間に合うだろう。俺と中尾は既に警察であの出来事について知ってる限り証言しているし。須賀も同じ内容しか言えないはずだ。長時間拘束される事はないはずだ。

 当然予定されていたアメリカの総合格闘技トーナメント参加は見送りになった。その代わりになるべく早い時期に『極戦』に参加を申し込むそうだ。

 中尾は、若手レスラー達と興行資材を大型トラックに積み込む作業にあたっている。リングは組み立て式だ。興行用のリングは、鉄骨やロープやマットに分解して倉庫に保管してある。それをトラックで現地に運んで組み立てるわけだ。他にマイクや販売用グッズや、缶ビールが詰め込まれている大型保冷庫や、これまた大きなスピーカーや照明器具やディーゼル発電機等も乗せる。

 演出用の紙吹雪が吹き上がる花火等もある。他に、会場の周囲に設置するブルーシートや、シートを支えるアルミパイプもある。これはタダ観を防ぐ為のものだ。

 最も多いのはパイプ椅子である。チケット分は絶対必要なので、観客席の無い野外の興行では500席のパイプ椅子と、アナウンスや実況用の長テーブルやテントも運ぶ。他に事務用品のレンタル業者からもう500席借りる。これで1000席が用意出来る。が、それでも大勢の立ち見が出るのが八尾プロレスの興行である。

 これらの物品の搬送は主に中尾と、河内極悪連合の二番手を務める永井真治選手があれこれと担当している。永井選手は藤本選手や木村氏と学生プロレス時代から一緒に頑張ってきた人だ。身長180㎝、体重136㎏で藤本選手と同い年だ。一見すると大きなデブなのだが、実力は藤本選手に匹敵するらしい。ただ、悪役にしか見えない風貌をしているので、学生プロレス時代からずーっとヒール役である。

 ちなみに、リングアナウンサーは大阪の芸能プロダクション『加納総合エンタープライズ』から男性のナレーター、城川光彦氏を雇っている。引き抜かないのは芸能関係者とのコネを考慮しているからだ。ラウンドガールを起用する場合や、試合前の余興でプロレスラーのテーマを生演奏したりする場合があれば電話一本で用意してくれる。それとテレビ放送の無い時の会場に流れる実況アナウンスも彼の担当だ。

 またグッズ販売とリングは主に木村氏の担当である。城川氏も業務外提携契約をしていて、木村氏の手伝いをする。

 レフリーは井筒三郎氏で、トレーナーもやっている。彼は総合格闘技の道場『井筒道場』の主であり、今年で54歳だ。元はアマチュアレスラーで、レスラー並みの体躯をしている。レフリーはよく試合の流れで巻き込まれてぶっ飛ばされたり、気を失ったりと色々あるので受け身はお手の物だ。また、関節技が決まりそうだったり、選手が危険な状況にあれば試合の流れを変える権限を持っている。本当に痛がっているのか演技なのか見極める眼力が無いと務まらないのがレフリーなのである。須賀が総合格闘技の習得に通っているのが彼の道場である。井筒氏は梶本氏との打ち合わせが多いので、道場の方は殆ど息子さんに任せているそうだ。

 「それより、これからのマスコミ対応はどうします? なんか勘違いしてるヤツとか居ますし、変な報道されたりするかも知れません」

 と俺。

 「大丈夫や。明日の午前中のスパーリングのテレビ取材を受ける事にした。それにテレビで放映されたのも合わせて編集してもらう。ほんで、どこが真剣勝負なのか分かってもらうつもりや」

 「なるほど。鍛えに鍛えた身体や技を披露して、全力で攻撃し、全力で受ける、という事を説明するんですね」

 「そういう事やね。この際やから、プロレスはエンターテインメントショーやと公表するつもりや」

 「…大丈夫ですか?」

 俺は心配して言った。ファンや大人はともかく、子供達の夢を壊す事になりはしないだろうか。

 「以前から木村君と話し合っていたんだ」

 と藤本選手が言った。彼は大阪市大正区生まれの大正区育ちだ。が、雰囲気的に標準語が似合うと判断した梶本氏の指導で、普段から標準語を使うようにしている。でも試合でエキサイトすると『われ! なめとんかー!』等と関西弁が出るけど。

 それにしても藤本選手はいつ見てもカッコいい。男でも惚れ惚れする。190センチの巨体に広い肩幅、髪型はオールバックだ。いい男っぷりである。

 「何を、ですか?」

 と俺。

 「従来のプロレスはグレーゾーンがあり過ぎて、ファンに要らぬ誤解を与えていた。ヒールレスラーに生卵を投げ付けたり、路上で喧嘩を売られたり、自宅に押し掛けたりと、色々あった。でもショーであると知れ渡れば『そう言う立場なんだ』と分かって貰える。まあ、大体のファンは理解してくれているけどね」

 「ですね」

 「ま、グレーゾーンもプロレスの魅力とも言えるが、その結果がプロレス界全体の衰退を招いた、と私も社長も判断した。大手のプロレス団体は分裂、集合を繰り返し、結局テレビ放送もゴールデンから深夜枠に移動させられてしまった。テレビや一般の新聞に『胡散臭いモノ』と認識されたわけだ。そこで私と社長は、プロレスラーは本当に強い事を証明する為に総合格闘技に参戦し、ショーとしてのレベルを上げる為に梶本さんを演出に加えたわけだ」

 「なるほど…。と言う事は、株式の上場ですか?」

 「そうなんだ。現状でのチケットやグッズ販売、スポンサーによる広告収入だけでは八尾プロレスはローカルの域から出られない。テレビの定期放送が決まったけど、それも大阪ローカルだ。全国展開する為には株式の上場を行い、資本を集めないといけない」

 「そう来ましたか…」

 「既にグッズ製作会社を買収している。と言っても、Tシャツやポスターやパンフレットや歯ブラシ等、色々と製作して供給してくれる東大阪の小さな会社と下請けの町工場だけどね。これでグッズの品切れは心配しなくて良くなった。缶ビールの会社とは提携して、関西限定の『プロレスビール』を売り出す予定だ」

 その缶ビールには藤本選手や中尾や須賀の写真が使われるんだろうなあ、と俺は想像した。

 「私も、もう37歳だ。体力には自信があるけど、ハードな試合は後5年が限度だろう。その間に是非とも八尾プロレスの基盤を作り上げたいんだ」

 と藤本選手。プロレスラーの選手寿命は長いが、藤本選手のファイトスタイルは『ハイスピード・ストロングスタイル』だ。年間300試合近くもこのスタイルを貫き通している。多分、40歳過ぎ頃から試合数を減らして、全国規模となった八尾プロレスで引退興行を行いたいのだろう、と思う。

 「他の団体は?」

 と俺は藤本選手に訊いた。

 「大阪を中心に活動している二つの団体と交渉している。八尾プロレスの興行規模と、テレビのレギュラー放送があるから向こうも乗り気らしい。それと東京の『スーパー・ジャパン・プロレス』も買収予定だ」

 「えっ!? 最大手のメジャー団体じゃないですか!」

 スーパー・ジャパン・プロレスとは、普段は略してSJPと呼んでいる、キー局にレギュラー放送を持つ日本最大のプロレス団体である。数々のスーパースターや、レジェンドと呼ばれる偉大なレスラーを輩出した歴史のある名門団体だ。しかし、このご時世だ。レギュラー放送も深夜枠に移行し、以前のような全国レベルでの人気は失せてしまっている。それでも人気も知名度も高い。関西スポーツでも必ずSJPの試合は扱っている。

 「出来るんですか?」

 と俺。

 「あそこは株式を公開してないから、地道に株主と交渉するしかない。だけど、まあ、なんとかなると思うよ。加西君も宜しく頼むよ」

 と藤本選手はニヤッと笑って言った。こりゃSJPの選手を引き抜くつもりだ。多分5人ぐらいまとめて。プロレスラーも人間である。高額のギャラを提示されれば心が動くものだ。でもこの辺りの事は上手く記事にして、ファンの夢を壊さないようにしなければ。

 それにしても木村氏の営業手腕は凄い。実家が資産家だと聞いていたけど、八尾プロレスの価値を上げ、企業買収をし、銀行の信用を得て、株式上場とは生半可な人間に出来る事ではない。しかもアイデアマンだし、元プロレスラーだ。引退しても身体は鍛えているのでまるで筋肉達磨みたいだ。関係無いか。

 その時、応接室のドアが開き、梶本氏が入って来た。手に何か赤い布のようなものを持っている。

 「出来ましたでー! 赤い服ー!」

 と梶本氏。そして手にしていた布を広げてみせた。それは大きくて真っ赤なワンピースだった。

 「どうするんですか、それ」

 俺は思わず立ち上がって訊いてしまった。

 「中尾君に着させる。それで須賀君と戦うわけや」

 「マジっすか?」

 「マジマジ! 加西さんトコ以外のスポーツ新聞も来るって言うてるし、民放のテレビカメラも入るそうやから、これはオモロイでー!」

 「演出の方は?」

 「向こうで指示するわ。中尾君はこれをビリビリに破かれてピンチになるけど、布切れで須賀君の首を絞めんねや。そやから破れやすいようにしといた。そこを藤本君が救助! 最後は歯ブラシで中尾君が決めポーズ!」

 「はあ…」

 俺は梶本氏の話題性の取り込みの速さに呆れた。が、木村氏も藤本選手も『なるほど』と言った顔をしている。もう頭の中で試合の展開を考えているのだろう。

 俺は梶本氏が広げて見せている赤いワンピースの写真を撮らせて貰い、みんなに礼を告げて事務所から引き揚げた。一体、どんな試合になるのだろう? 想像するとワクワクしてきた。



 「どうもありがとうございましたー」

 と俺は言ってドアを閉めた。昼過ぎからあの公園の近くの公営団地の部屋を適当に回って取材しているのである。赤い服の女事件はこの辺り一帯では噂を通り越して、恐怖の話題になっていた。警察に捜査依頼をした人も居る。マスコミも大勢来たそうで『また取材でっか』と二回言われた。夜中に赤い服の女の写真を撮った大学生は『あ、あれ、ほほほ、本物だったんですね!』と喜び怯えていた。多分、既に公園や付近の民家もマスコミ勢が取材しているだろう。

 「ふむ…」

 公園やその周辺を取材しても収穫は無い、と思う。俺はタブレットPCで公園付近の民家を調べた。公園の周囲は産廃置き場があるので民家は少ない。半径5㎞から10㎞まで広げる。やはり点在している。元々宅地ではないのでインフラ整備が遅れているし、土地は安いが交通の便は悪いから、ガレージ付きの大きな家が多いようだ。

 大学生の写真を見直して、赤い服の女が公園の何処に立っていたかを確定する。そして付近の地形を頭の中に描く。とすると…。

 「自転車に乗ってくりゃ良かったな…」

 と俺は呟いた。



 3時間歩き、6軒の家を訪問した。少しくたびれた。赤い服の女の事を取材したわけではない。近所に『最近、見掛けない人っていますか?』という質問をして回ったのだ。

 変な質問をする人だ、と思われる前に『自分は記者でして、この辺りで起きた失踪事件を追ってるんです』と告げた。中には赤い服の女の事か、と訊いて来た人も居た。もう昼のワイドショーで取り上げられているそうである。

 そして6軒目にやっと『そう言えば、吉川のおばちゃん、見ないわねえ』と言う言葉を得た。

 「吉川のおばちゃん?」

 俺は豪邸とも呼べる玄関口で、インターホンに向かって言った。インターホンにカメラが付いているので俺の姿は丸見えだろう。

 『玄関から左に行った道の、えー、川を越えた林の中の家。よしかわすずこって言うの。すずこは寿に同じに子供の子ね。よしかわは、吉凶の吉に三本線の川や』

 「はい。吉川寿々子さん、ですね。お幾つですかねえ?」

 『今年で52歳やったと思うわ。元気な人やねんけど、ちょっと心配してたんよねえ』

 「心配とは?」

 『もう一ヶ月ぐらい会うてへんねん。週に一回は買い物ついでにうちに寄って、お土産くれるええ人やねん』

 「買い物は車で、ですか?」

 『そうや。うちも忙しいから会に行かれへんねんわあ。あんた、ちょっと見て来てくれるぅ?』

 「あ、はい。今から伺いに行きます」

 『ほな、頼むでぇ』

 と豪邸の奥方らしきおばさんは言った。関西のおばさんは元気で話がしやすい。俺はおばさんに言われた方へ歩き出した。



 高校らしき学校と、国道に挟まれた林の奥にその家はあった。周囲の道は舗装されていない。雨が降るとぬかるむような道だ。隣の家とはかなり離れている。

 家は、いや、屋敷と言っていいだろう。コンクリート造りのモダンな佇まいで、大きな門から玄関までは結構距離があり、その間に軽四の車が一台停められている。庭には手入れされた木が何本もあり、植木鉢が並んでいる。植木鉢には色とりどりの花が咲いている。俺は門のインターホンを押した。

 …反応が無い。二度、三度と押す。少し待って、中の様子を窺う。何の気配も無い。

 辺りを見回す。誰も居ない。遠くから国道を走るトラックの音が聞こえて来た。

 門を押してみた。するとギーと音がして、開いた。出入り口の方は鍵が掛かっていて開かない。

 「お邪魔しまーす」

 と言い、俺は屋敷の敷地に門から入った。

 屋敷は築40年ぐらいだろうか。古いが、しっかりした造りだ。

 玄関のドアノブを握る。くるりと回った。そしてドアを開ける。

 「あのー、吉川さん?」

 俺はドアの奥の暗闇に向かって言った。静まり返っている。

 嫌な感じがする。それに微かに妙な匂いも。なんか、帰りたくなってきた。

 俺は靴を脱いで廊下に上がった。そして近くの部屋のドアから開けていった。

 居間のドアを開けた。和風で、畳敷きで、テレビとテーブルがある。

 そこに一人の人間が居た。小太りで、テーブルに突っ伏して、顔を向こう側に向けている。

 「うっ!?」

 腐臭が鼻を突いた。その人間が着ているのは浴衣だ。髪は長く、所々に白髪がある。右手でテレビのリモコンを握っている。

 そーっと居間に入り、その人間の顔を覗き込んだ。目は閉じている。でも目と鼻と口から何か液体のようなものが流れた跡がある。顔色は土気色だ。

 小太りに見えたのは、内蔵が膨れているからだと分かった。腐敗が進んでいるようだ。死後、一週間ぐらいか…。

 この人が吉川寿々子さんなのだろう。初めて死体を見るけど、不思議に怖くは無かった。気持ちはやや悪い。後々トラウマになるかも知れない。

 写真を撮ろうか迷ったが、後々の事を考えるとヤバそうなので止めた。俺は遺体に手を合わせてから他の部屋を調べた。

 一階は台所や寝室や空き部屋だけだ。美術品が飾られている部屋もあった。二階は物置に使われているようだ。

 「ここは…?」

 ドアがあったので開けたら洋式の水洗トイレだった。広めだが、ごく普通のトイレだ。

 「ん…?」

 トイレの外の、廊下の行き止まり壁の隅に、僅かな隙間があった。押したら回転ドアのようにクルリと回った。

 その奥に大きなドアがあった。そのドアを開ける。

 そこは天井の高い広い部屋だった。壁際に赤いワンピースが何着も掛けられている。他に継ぎ足されたジャージもある。ベッドは無く、毛布が何枚も床に散乱している。

 部屋の中には他に、化粧棚、タンス、テレビ、室内電話、勉強机、ラジオ等があった。勉強机には何故か椅子が無かった。

 化粧棚に写真立てがあり、俺はそれを手に取った。

 「そうか…」

 俺は写真を見て呟いた。後はどう行動するか、である。

 急がなくてはならない。時間は限られている。俺は背広の内ポケットからハンカチを取り出して段取りを考えた。

 今度は背広の上着からスマホを手に取る。そして会社に連絡を入れた。

【3】に続く。
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