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Nobuyuki Takezawa

Author:Nobuyuki Takezawa
電子書籍のトビラへようこそ!

当ブログでは、私の発行済みの電子書籍を紹介をしております。また、楽しんで頂けるようエンターテインメントブログを目指しています。ごゆっくりお楽しみ下さい。

※プレビュー画像はかなり美化しております。こんなに若くありませんしm(_ _)m でも、カラオケ好きなのでマイクを持たせました※

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赤い服の女 【1】

 プロレスはショーである。

 昔は格闘技だと誤解されていたらしい。だから『プロレスなんて八百長だ』と主張する人も多かったそうだ。でも現在では総合格闘技が所謂『ガチンコ試合』と認知され、プロレスがショーである事が広く知れ渡っている。プロレスラー同士のマジの喧嘩試合は『セメント』と言い、いつでも止められるよう他のレスラー達がリングサイドに集まる。以前は結構あったらしいが、最近は見ない。これも時代なのだろう。

 プロレスの試合は『勝ち負け』が予め決められている。何故ならば、年間300試合近くもこなすのに勝敗や試合の流れを決めておかなければ身体が持たないからだ。

 アメリカの大手プロレス団体は『我が社で興業を行っているプロレスリングとはエンターテインメント・ショーである』と明言して株式を上々し、資金を集め、巨大企業に成長した。ちなみに、企業が株式を上場するにあたっては『商品の説明』つまり業務内容の説明が必要なのである。

 試合も演出家が細かく指示を行う。年間を通しての流れも脚本家が設定する。お客さんに楽しんで貰えるよう、ヒーロー役のトップレスラーが突然極悪レスラーになったり、悪玉軍団を結成したり、と様々な趣向を凝らす。

 練習時に『そこでロープに振ってラリアット! トップロープに昇ってボディプレス! が、避けられて自爆! そしてバックドロップ!』とリングサイドで具体的に指導する。『そこはダメージがあるフリをして! もっと痛そうな顔をして! それと決めポーズ!』なんて演出も入る。

 そう、プロレスラーは役者なのだ。試合を重ねる度に個性と演技が磨かれてゆく。トップクラスのプロレスラーはテレビドラマやハリウッド映画に出演する事も多い。

 だからと言ってプロレスラーが『弱い』わけでは無い。身体を鍛えに鍛え、頑健な肉体を作り上げる。相手の技を思いっ切り受けても、コーナーの上から転げ落ちてもすぐに回復する力を身に付ける。勿論、何度も練習して受け身をとるが。また、総合格闘技でも活躍しているレスラーもいる。関節をどこまで極めれば怪我に繋がるか、なんて事を知っておかないといけないので格闘技を熟知しているのだ。

 日本の場合は、古くは日本人レスラーが外人レスラーをやっつけるパターンが主流だった。その後、日本人レスラー同士の抗争がメインとなるようになった。基本的には試合の流れと勝敗を決め、後は練習通りにして、アドリブを交える感じだ。

 「加西ちゃーん。今日はありがとねー」

 と八尾プロレス団体の所属レスラー、中尾剛が言った。場所は近鉄八尾駅前に程近い居酒屋『金閣』である。時刻は夜の8時過ぎ。一階の角にある掘り炬燵式のテーブルに着いて、俺は中尾と向かい合わせに座り、生ビールを飲んでいた。テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。

 俺の脇には仕事道具を詰め込んだ革鞄が置いてある。中身は高性能デジカメ二台、ICレコーダーを一つ、タブレット型PC一台、後はメモ帳や筆記用具だ。胸ポケットにも薄型のデジカメを入れている。Wi-Fi電波が飛んでなくてもスマホがあればネット通信が出来るので、現場で記事を書いてすぐに送れる。便利な世の中になったものである。

 「いやー、呼んで下ってこちらこそー、ですよ」

 と俺は言い、生中を呷った。美味い。平日、水曜日だけど客は結構多く、さっきまで中尾を見つけたファンが何人もやって来てスマホ撮影とサイン攻めにあっていた。それもやっと落ち着いたところだ。

 「でも良かったねー。記事、書けるんでしょ?」

 と中尾は人懐っこい笑顔で言った。身長185㎝、体重125㎏の巨体で、その肉体は研ぎ澄まされた筋肉の塊みたいだ。髪は茶髪で、サイドを刈り上げている。今夜は地味な緑色のセーターにスラックスという格好だ。俺は仕事着でもある黒い背広に青いネクタイである。

 中尾は生真面目で、何につけても優しい。歳は今年で30だ。俺は28歳。中尾は俺の事は『加西ちゃん』と呼んでタメ口で話してくれる。俺は敬語を通している。一度『タメでいいじゃん』と言われたけど、取材相手にタメ口は使えないのである。年上だし。

 彼は岸和田生まれの岸和田育ちだ。子供の頃からプロレスラーに憧れていて、八尾プロレスに入団。デビューしてからずっとベビーフェイス、つまりヒーロー側でやってきたが、去年八尾プロレスのトップレスラー藤本良治に喧嘩を売る形でヒールに転向した。その後『河内悪党連合』を名乗り、次々に部下レスラーを引き入れ、トップヒールレスラーとして大活躍している。勿論、これは中尾を売り出す為の演出である。

 中尾にサインを求めたファンも『実は優しい人』だと知っているので恐がったりしない。それに中尾もニコニコ顔で丁寧な対応をする。リングに立つ中尾はまるで悪鬼羅刹のような試合をするが。

 「うん。お陰様ですよ、ホントに。八尾プロレスさんにはお世話になりましたからねー」

 俺は関西スポーツ新聞の記者をしている。まだ入社して一年と少しの新人だ。中尾がヒールに転向した頃に八尾プロレス番記者としての仕事を宛がわれた。と言っても、先輩記者のお供や雑用をしてプロレスについて学んでいたのである。

 プロレスは来てくれたお客さんを楽しませるのが仕事である。また、夢を売る商売でもある。良い記事を書く為には想像が膨らむ『物語』が頭に無いといけない。それと、予め団体の方針や演出を知っておく必要もある。例えば『いつ誰が誰に喧嘩を吹っ掛け、抗争が始まるか』等だ。そんな情報があれば前もって全然違う方向の記事を書き『なんと! ○○が軍団結成!?』と言うようなショッキングな記事が書ける。

 しかし、裏側は絶対に書いてはいけない。日本全国には多数のプロレス団体があり、ギャラや役割に不満を持っているレスラーの引き抜きや移籍が頻繁に起こる。これらも実際の事情は伏せて、因縁話や物語に仕立て上げなければならないのである。

 「加西ちゃん、最近の俺、どう?」

 と中尾がなんとも大雑把な質問をした。

 「良いと思いますよ」

 と俺。記者という立場上、あまり詳しくあーだこーだとは言わない事にしている。それに中尾のヒールっぷりは益々エスカレートしているから何も問題は無い、と思う。

 「凶器にさあ、歯ブラシ使うってのはどうかなあって思うんやけど」

 最近の中尾は衣装に柄の先を尖らせた歯ブラシを忍び込ませ、それで対戦相手の額をぶっ刺して流血させるという反則で客を湧かせている。最初そこ『歯ブラシぃ?』とみんな思ったけど、その後に相手の血で歯を磨くパフォーマンスをしてウケまくっている。

 「心配しなくていいですよ。ウケているんですから」

 「アレ、実際に血で歯磨きするから気持ち悪くてさあ」

 「そこがいいんですよ。血に染まった口元が不気味で。それとマイクパフォーマンスの時に『みんなー! 帰ったら歯ぁ磨けよー!』ってやるでしょ? 毎回大爆笑ですし」

 「そうかそうか」

 中尾は笑顔で安心したように何度も頷いた。彼は心配性なのでたまに俺にこんな確認を求めてくる。俺にとっては信頼の証だと感じているので相談されると嬉しくなる。

 ヒールに転向する際に、中尾は神戸の劇団に通って演技を習うことになった。俺も何度か練習を見学させて貰った事がある。

 根が優しい中尾は、初めは『悪役』に戸惑っていたけどすぐに慣れて演じる事を楽しむようになった。また、マイクパフォーマンスやテレビでのインタビューに備えて滑舌の練習も行っている。

 八尾プロレス団体は今から15年前、学生プロレスをやっていた今の社長の木村譲氏と藤本選手が大学在学中に設立した。設立当初は所詮はアマチュアプロレスだと言われてお客さんも全然入らなかったそうだ。所属選手はみんな大学生だから当たり前である。

 しかし、藤本選手が練習を重ね、身体を作り上げて行くにつれてファンが増えて行った。彼は滅多にお目に掛れない強烈な『カリスマ性』を持っていたのである。

 カリスマ性と言うのは、具体的に何がどうなのか表現し辛いが、華があると言うか、彼には何とも言えない魅力があるのだ。『ヒーロー性』と言ってもいい。そんな藤本選手に憧れて練習生も多数入団するようになった。そして10年ぐらい前から他団体のリングに招かれるようになり、知名度も上がり、練習生もデビューするようになった。中尾もこの時分にデビューしている。

 八尾プロレスが大きく飛躍したのは4年前からだ。木村氏が選手を引退し、社長として団体経営に専念する事になった。そして梶本明氏を雇った。

 梶本氏は元々俳優をしていて、裏方の仕事もこなしていたそうだ。40歳の時に俳優を引退し、家業の自転車屋を継いで、その傍らで舞台劇団で演出家として指導していた。中尾が通っていたのは梶本氏が紹介した劇団である。

 たまたま梶本氏演出脚本の舞台を観た木村社長が『これだ!』と閃いたそうだ。舞台の内容がプロレスをテーマにした青春物語で、笑いあり涙あり爆笑ありで凄く良かったとか。そして木村氏は梶本氏に八尾プロレス専属脚本、演出家にならないか、と打診。梶本氏は家業の自転車屋が本業なので最初は断った。が、木村氏の熱意と高給条件に負け、自転車屋を廃業し、八尾プロレスに入った。

 その効果はすぐに現れた。数ヶ月後には大阪のローカルテレビ局で取り上げられ、その後に月一の深夜放送が決まった。現在では夜の10時枠に昇格し、今年の秋からは週一のレギュラー放送になる予定だ。

 「…須賀さん、遅いですねえ」

 と俺は壁にある柱時計を見て言った。もう8時30分である。今日の集まりは須賀五郎選手のアメリカデビューの壮行会である。他の選手や関係者とはもう済ませており、俺が他の取材で参加出来なかったので中尾がわざわざセッティングしてくれたのだ。

 須賀は年齢28歳、身長180㎝、体重は94㎏の若手のホープだ。八尾プロレスには大柄な選手が多く、それが人気を支えている面もある。須賀はまだジュニア・ヘビー級だが将来的には体重を増やしてヘビー級に転向するそうだ。現在の立場は藤本選手の片腕的存在で、正統派ストロングスタイルでヒールを追い込むパターンが多い。当然、試合では主に負け役である。

 その須賀のアメリカデビューというのは、プロレスではなく総合格闘技である。日本でも『極戦』という大会に出場しており、連戦連勝で負け知らずだ。須賀を一言で言うと『ガチでムッチャ強い奴』である。

 中学の時からウエイトリフティングを始め身体を作り、高校時代にはレスリングやボクシングや空手を習熟した。プロレスラーとしてのキャリアは5年程だが、天性のセンスがあり、試合内容もハードで実に堂々としている。ファンはそんな彼の実力を認めており、須賀は総合格闘技のスタイルをプロレスの試合に取り入れている。アメリカのトーナメントの大会に出て、勝って箔を付けて中尾と個人的な抗争を繰り広げる予定だとか。

 しかし、総合格闘技に絶対は無い。格闘技は『強い方が勝つ』という単純な法則があるのだが、どんな相手に当たるか分かってない以上、勝敗の行方は分からない。勝てば更に強い『ストロングレスラー』としてそのまま藤本選手側で試合を行う。が、負ければ藤本選手の信頼を失った、と言う筋書きで謀反を起こし、河内極悪連合の一員として藤本選手と戦う事になる。どう転んでもプラスになるので会社が了承し、快く送り出す事になったわけだ。

 「…ちょっと訊きたい事、あんねんけど?」

 と中尾。彼は岸和田出身なのでほぼ関西弁で話す。河内弁とは微妙に違うらしいが俺には分からない。俺は高校まで東京で過ごしていたから標準語、もとい、関東弁を使う。

 「はい?」

 「加西ちゃん、都市伝説の記事書いてるっしょ?」

 「うん」

 「アレって、現場に取材に行くのん?」

 「写真が要りますからねえ。インパクトが違ってきますから」

 「ずーっと読んでるけど、マジなもんなんか?」

 中尾は眉尻を下げて言った。彼はかなりの恐がりである。

 関西スポーツ新聞は主に近畿圏で発行されている。本社は東京で、東京では新聞の名称が関東スポーツとなる。

 記事には大まかなランクがある。野球やサッカー等のメジャースポーツがメインで、次がプロレスやボクシング等の格闘技。芸能人のゴシップ記事は他社の後追いが多いが、スクープを取ればボーナスが出る。他に競馬、競輪、オートレース等の公営ギャンブルのデータや結果の掲載。経済は株価や為替のデータ掲載と、評論家の解説。政治も扱うけど、この辺はスキャンダラスな事以外はサラッと流す。関西スポーツはあくまで娯楽新聞なのだ。

 他にアダルト小説、アダルトイラスト、アダルト漫画や『パチンコ・パチスロ日記』『今日の100円ショップ』『オススメのエロい本』『アソコのお悩み相談』等のミニコーナーも多々ある。通勤中のサラリーマンを飽きさせない工夫だ。

 事件記事は特殊で、殺人や大きな事故が発生した場合、警察の発表を元に事件や事故を追い掛ける場合がある。担当するのは大阪府警の記者クラブ所属の番記者と、俺のようにある程度時間の取れる者が番記者と共に取材を行うのである。と言っても、話題性の希釈化と共に終了する場合が多いが。

 で、新人は先輩に付いてプロレス団体や野球やサッカーの関係者に顔見せして覚えて貰うのが最初の仕事となる。知って貰って『また君か』と言われるぐらいにならないと良い記事が書けない、と言われた。実際、その通りだと実感している。後は記事の書き方の勉強だ。

 俺の場合は八尾プロレス番をしながら練習を兼ねて半年前から『本当にある都市伝説』というコーナーを任される事になった。毒にも薬にもならない内容であるが、実際に現地に行って取材もするので新人の練習には適していると言える。紙面でも都市伝説や、心霊、UFO、UMA、怪奇現象、怪談、幽霊の出る廃墟等の情報を募集していて、採用されたら情報提供料を支払う事になっているのでネタには困らない。

 ただ、月曜日と火曜日の二日間で、月~金曜日までの五日間分の記事を仕上げなければならないので結構忙しい。一日で3カ所の取材先を決めて、二日で六つ記事を書く。一つ余るけどこれは予備用である。3カ所も廻れない時もあったり、取材が長引く時もある。八尾プロレスの興行の取材に行く時もあるし。そして取材先の近くにある喫茶店等で、タブレットパソコンで記事を書いて写真と一緒に会社に送る。すると、会社の担当者が自動記事編成ソフトに掛け、その後に編集が校正、添削する仕組みだ。水木金はプロレス番と野球やサッカーの同行取材や、その他諸々の雑用だ。だからかなり忙しい日々を送っている。土曜日だけは自宅で休めるけど、日曜日は会社で様々な打ち合わせをしたりする。そしてやっとプロレス記事、八尾プロレス専門になるけど、を書かせて貰えるようになったわけだ。これで『本当にある都市伝説』は週3回の連載となる。掲載予定曜日はまだ未定だ。

 「うーん、心霊写真やUFO写真は画像解析なんかしないし、そのまま『恐怖の心霊写真』とか『生駒山上空に出たこの光る物体の正体は?!』なんて題にして、一応現地には行くけど何か新しい情報が得られる事は滅多に無いですねえ」

 俺はまた生中のジョッキを持ってビールを一口飲んだ。

 「…滅多に?」

 と中尾。不安そうな顔をしている。

 「心霊写真の場合、何件か因縁話のようなものがありましたよ。近くの神社で首吊った女の人そっくりだとか。UFOも撮影者以外の目撃者も居た事がありましたねえ」

 「ゆ、UFOは別にええけど、その心霊写真、あ、思い出した、アレだ、凄く怖い写真やった、の話はマジ…?」

 「マジ。でも読者にとってはマジでもウソでも関係無いです。面白いかどうかですから。ただ、やっぱりマジもんの回は反応が良くて。記事や写真にどこかリアルを感じるようですね」

 「あのさあのさ『赤い服の女』って奴、昨日の記事、あれって八尾駅の近くなんやろ?」

 「ああ、あれですか…」

 と俺は呟くように言った。別に中尾を恐がらせるつもりは無かったが、彼は目を見開いている。

 「建て替えが済んだ公営団地の向こう側にある、産廃置き場近くの草ぼうぼうの公園なんですが、夜中に赤い服を着た女が立っている、という投稿がありましてね」

 「うんうん」

 「そしたら4件続けて同じような投稿が来て、全部その公園なんです」

 「あああ、赤い服を着た女が夜中に立ってる…?」

 「ええ。…実は、写真も送られてきましてね」

 「写真! 心霊写真!?」

 「見ます?」

 「あるのー!?」

 「ありますよ」

 俺は鞄からタブレットPCを取り出して、読者投稿写真のフォルダーを開いた。その中から『赤い服の女』の写真を表示して、中尾に見せた。

 「うおっ!」

 中尾はその写真を見て仰け反った。その写真には、いかにも手入れされていない夜の公園を背景に、赤いワンピースを着た女の姿がハッキリと写し出されていた。しかも、首から下だけである。手足は薄ぼんやりとしている。

 「こ、これ、本物?」

 と中尾。

 「普通の心霊写真、って何が普通か定義出来ないんですけど、と違って写り方が自然なんですよねえ。公園には常夜灯が一つだけあって、と言うか残っていて、その光に照らされているように見えまよね」

 「見える見える」

 「この写真を撮った人は『夜中の公園に赤い服の女が出る』って噂を聞いて、デジカメを持って、常夜灯の下に午前2時に行ったら、何か気配を感じて振り向いたら後ろに立っていて、慌てて撮って、一目散に逃げたそうです」

 「うそー!」

 「その時に『おかあさん』って声が聞こえたそうです」

 「ひー!」

 「一昨日、取材に行きました」

 「しゃ、写真、撮った人に?」

 「大学生の男性なんですが、公園の近くの公営団地に住んでて、かなり噂が広まってるとか」

 「うわー…」

 「でもねえ…」

 「なにが『でもねえ』なんー?!」

 俺は恐がってる中尾を見て笑いを堪えた。今度、八尾プロレスの飲み会があったら怪談話をしてやろう。

 「これ、デジカメで撮ってるんですよ。結構性能の良い、手振れ補正付きの。写真って光学現象を捉えるんですよね。だから実際に『そこに居た』としか思えないわけで」

 「インチキやないのー?」

 「CG合成とかじゃないです。撮影した本人のデジカメに保存されている写真も確認しました」

 「じゃあ、本物の幽霊…」

 「うーん、幽霊かどうかそれは分からないですけど、この赤い服の女が居たとしか考えられないですね」

 「うわー…」

 「でも変なんです」

 「なにがー!」

 「縮尺」

 「しゅく、しゃくぅ!!!」

 「中尾さん。何に驚いてるか、自覚あります?」

 「あ、いや、続けて続けて」

 「女性に見えますよね。赤いワンピースを着た」

 「うん」

 「背景と女性の大きさの比率が変なんです。公園の柵があるでしょ? これって自分の腰ぐらいの高さなんです」

 「行ったの?」

 「取材した時に現場確認してます。でもこの写真では、どう見ても女性の膝の辺りにあるんですよねえ」

 「あ、確かに…」

 「腕も足も細く見えるのに、近くの木と比べるとそうでもないんです。肌も灰色ですし。血管も浮いてますし」

 俺は写真を拡大して中尾に見せた。

 「うわあ! キモいー!」

 「僕も午前2時に行って写真撮ろうかと」

 「勇気あるなあ、加西ちゃんは」

 「仕事ですから」

 と俺が言った時、居酒屋金閣の出入り口辺りから『どかーん!』と言う大きな音がした。そして『ぐわっしゃん! がらがらがら!』と何かが壊れる音と振動がした。俺も中尾も他の客も『なんだなんだ!?』と立ち上がった。

 すると須賀が土足のまま走って来た。広い部屋を見渡して、俺と中尾を見つけると掘り炬燵のテーブルに両手を突いて『はあはあはあ』と荒い息を吐いた。

 「どうしたんや! 須賀君!」

 と中尾が驚いた顔で言った。中尾は須賀の事を君付けで呼ぶ。

 須賀は黒髪の刈り上げ短髪で、額には中尾の歯ブラシ攻撃の跡が幾つもある。以前は傷口が治るか心配していたけど、中尾の凶器が変わった時点で整形手術を受けると聞いた事がある。今傷口を塞いでしまうと、新たな穴を開けなければならないし、それに出血量が減ってしまう。

 彼は白いトレーナーにジーンズ姿で、スニーカーを穿いている。その全てに血が付着している。顔面、後頭部、首、腕、足に怪我をしているようだ。血混じりの汗が滴り落ちている。

 「大丈夫ですか!?」

 と俺はおしぼりで須賀の顔の血を拭いながら言った。傷はそんなに深くない。

 「だ、大丈夫や。血は、入り口の自動ドアを壊した時に切ったみたいや」

 と須賀。彼は八尾駅に近いマンションで一人暮らしをしている。彼は生まれも育ちも八尾だ。

 「自動ドアを壊したって、またどうして?」

 と中尾。

 「時間があったんで、ジョギングしてから来ようと思って…。それでいつもは行けへんコースを走ったんです…。ほんだら、変な公園みたいな所で女に襲われて…」

 「はあ?! 女!?」

 「赤い服を着た女ですわ…」

 「げっ! それって赤い服の女か!」

 「なんか知ってるんですか?」

 「幽霊や! 加西ちゃんと今話していたところや!」

 「幽霊なんかやないすっよ! あ、ビール飲んでよろしい?」

 と須賀は言い、中尾の生中のビールジョッキを持ってゴクゴクと飲み干した。

 「それで逃げて来たのか?」

 と中尾。

 「両手を前に突き出して『うおー!』って叫びながら走って来たので逃げました。そやけど、八尾駅のタクシー乗り場の辺りで捕まってしもて…」

 「捕まるって…?」

 俺は想像出来ずに呟いた。

 「羽交い締めされて…。とんでもない力やった。なんとか抜けて、一本背負いで投げて、立ち上がったところをジャーマンでまた投げて…」

 「す、須賀君! まさかコンクリートの上でやってないやろな!?」

 「やりました」

 「あ、頭が、後頭部が割れるぞ! 死ぬぞ!」

 「起き上がってきたんで、膝を蹴ってから腹に二段蹴り入れて、ドラゴンスクリューやって、ヒールホールドで膝関節を外して」

 「君は一般人相手に何をしとるか!」

 「外れた膝がすぐに元通りになって、またしがみついて来たんで、今度は飛び付き腕十字で腕曲げて、脇腹にサッカーボールキックを目一杯入れてからここに来ました」

 俺と中尾は顔を見合わせた。須賀はこんな冗談を言ったりする奴ではない。しかし、『コンクリートでジャーマン』『ヒールホールドで膝関節外して』『腕十字で腕曲げて』とか言ってる。それに必死に走って来て、金閣の自動ドアに身体ごとぶつかって破壊したのも事実だろう。

 俺と中尾が何か言おうと口を開こうとした時、金閣の出入り口の方から『きゃーっ!』『わーっ!』『ひぃー!』『ぎゃーっ!』と悲鳴が聞こえた。

 「みなさん! 部屋の隅に移動して下さい!」

 と須賀が立ち上がって怒鳴った。お客さん達は『何か起こっている』と察し、言われた通りに隅に移動した。そして須賀は仁王立ちになった。

 俺は胸ポケットからデジカメを取り出した。そして須賀を撮した。なんとも凜々しい顔をしている。総合格闘技の試合に臨む時の顔だ。

 中尾も立ち上がり、須賀の横に並んだ。試合では絶対見られない構図である。少し嬉しい。

 部屋の引き戸の向こうに赤いものが見えた。服だ。足も見える。灰色だ。素足だ。そして驚いた。赤い服はワンピースだ。しかも、見えているのは胸から下だけである。

 「うっ…!」

 俺と中尾は同時に小さく声を出した。のそっと、赤い服の本体が部屋の中に入ってきたのである。

 頭の位置が天井より上にあるので首を真横に曲げている。一体、何センチあるんだ? 顔は長い黒髪に隠れて見えない。黒髪は女の腰まで伸びている。

 肩幅も異様に広い。手も足も長い。とてもこの世のものとは思えない。

 須賀がグラップラースタイルのファイティングポーズをとった。中尾も。俺はよく彼が須賀とスパーリングをしていた事を思い出した。

 女が両手を前に出した。そして一歩、踏み出した。凄く怖い。

 「せいっ!」

 と須賀がダッシュした。女の腰にタックルして倒す。が、女はスイッと後退した。女は壁に背中からもたれるように倒れる。すかさず須賀は女から離れようとした。その瞬間、女が手を振った。

 バシーンッ、という音がして須賀が吹っ飛んだ。須賀は掘り炬燵式のテーブルの上を転げ、窓際まで飛ばされた。女の張り手を顔面に喰らった時か、窓の下の壁に首から突っ込んだせいか、須賀の意識が無くなったのが分かった。

 「このっ!」

 と今度は中尾が女に立ち向かった。ダッシュして、勢いをつけて、体重の乗った横蹴りを放つ。総合格闘技では、最初は大体『蹴りで距離を取るか、密着するか』のどちらかを選ぶ。これは間合いを計り、有利なポジションを得る為だ。前者は打撃戦、後者は組んでからの長期戦狙いだ。フェイントでカウンターを狙う場合もあるが。しかし、最初の蹴りが決まり、10秒ほどで決着が付く場合も多い。中尾は女の巨体を見て、その戦闘力の高さを感じ取り、短期決戦を挑んだようだ。

 ドスッ、と鈍い音がした。中尾の横蹴りが女の腹部に突き刺さった。

 が、女はゆらっと身体を揺らしただけだ。中尾はすぐさま後退した。

 俺は中尾の肩に触れてから、デジカメを女の顔の辺りに投げ付けた。そして女の右横に移動した。

 近くに寄ると、女の大きさを更に実感してしまった。また、女の身体から得体の知れないパワーのようなものも感じる。俺は『こりゃダメだ。やられる』と思った。

 しかし、身体は勝手に動いてくれた。女の右腕の肘と手首を掴む。ゴムみたいな感触だ。そして女の右腕を押しつつ、右足の膝裏に蹴りを入れる。すると女が傾き、前のめりになった。

 そこに中尾が試合でも使う右のハイキックを放った。凄いスピードと角度で相手の頭上まで届くこのハイキックは中尾のファイナルブローだ。勿論、プロレスの試合では急所を避け、相手が脳震盪を起こさないよう細心の注意を払っている。

 中尾のハイキックは見事に女の頭部を捉えた。ヘビー級のプロレスラーの本気のハイキックである。なのに女は前のめりになった身体を起こし、俺を振り払い、中尾に前蹴りを入れた。

 「どわっ!」

 俺と中尾はまた同時に叫んだ。俺は壁際まで飛ばされ、中尾は後方に転がった。起き上がろうとした時には、女は倒れ伏した須賀の横に移動してしゃがんでいた。

 女が須賀を抱き上げた。その時、俺は聞いた。女はか細い声で『おとうさん』と言ったのだ。

 そして女は須賀を抱えて部屋を出て行った。その巨体に全く見合わない凄い速さで。俺は特にダメージが無かったので後を追った。が、居酒屋金閣の破壊された自動ドアまで来た時には既に女の姿は無かった。靴下のまま外にも出たけど見当たらない。

 俺は呆然としていたらしい。気が付くと中尾が横に立っていた。何か言おうとしたけど、言葉が出て来ない。中尾も同じらしい。

 「あ、あれって…」

 中尾が絞り出すように口を開いた。

 「多分…」

 と、俺は呟いた。赤い服の女は心霊現象などでは無い事だけは分かった。だったら何なんだ? そんな自問自答しているうちに、パトカーのサイレンが聞こえてきた。



 その日の10時頃まで、俺と中尾は警察署で取り調べを受けた。俺達はありのままを話した。居酒屋金閣のお客さんや従業員の目撃者の証言とも矛盾しないけど、赤い服の女に攻撃を仕掛けた、つまり暴力を振るったという点で事情聴取から取り調べとなったわけだ。しかし、物証が何も無いし、肝心の赤い服の女の消息が不明だし、須賀の行方も分からない。お客さん達もあまりの事にスマホで撮影とかしている時間が無かったらしい。多分、明日から本格的な捜査が開始されるだろう。

 「何だったんだろうなあ、アレ…」

 中尾が困ったような顔で呟いた。場所は警察署の近所のファミレスで、中尾と俺はコーヒーを飲んでいた。まだ少し興奮している。中尾はスマホで木村社長と藤本選手に事の次第の連絡を終えたところだ。俺はタブレットPCで原稿を書いていた。朝刊の締め切りは午前2時だ。まだ時間はたっぷりある。

 しかし、俺がデジカメで撮影したのは須賀だけで、肝心の赤い服の女は撮っていない。これは大チョンボだ。あるまじき失態である。でもスクープはスクープだ。俺は関西スポーツの夜番の担当者に、記事に赤い服の女のイラストを入れるよう指示した。出来るだけ不気味に、と。巨大で、頭が天井につかえて、肌は灰色だ。須賀の写真はそのイラストと対峙としているように配置させるわけだ。八尾プロレスの記事は来週から書く予定だったけど、このスクープが俺のプロレス記事のデビューとなる。世の中、何が起こるか分からないものである。

 「それにしても加西ちゃんさあ」

 と中尾。

 「はい?」

 俺は顔を上げて言った。

 「あの時、咄嗟に女の体勢を崩したやん」

 「ああ、しましたねえ」

 「吃驚したわ。何かやってんの?」

 「えー、合気柔術を少し」

 「格闘技の心得があるんや」

 「いやー、週一で通ってるだけで、大した事ないですよ」

 俺は土曜日が休みだから、午前中は掃除したりテレビを観たりゲームやったり本を読んだりして、出来るだけ仕事から離れるようにしている。そうしないと仕事中毒になって神経的に持たないような気がするのだ。

 プロレス番になって自分も少しは鍛えないと思い立ち、土曜日の夕方だけ八尾駅前の大きなビルの一階にある『豪派流合気柔術』の道場に通う事にした。通っているうちに、身体を動かすのはかなりストレスの解消に役立つと分かった。

 通うようになってから知ったのだが、この道場には総合格闘技大会『極戦』に出場している若手実力者、江頭透と遠藤健一が師範代として指導にあたっていた。この二人も須賀に負けず劣らずの実力を持っている。二人共75㎏以下のライト級なので、95㎏以下のミドル級の須賀と対戦する事は無い。ちなみに、『極戦』の階級は65㎏以下のフライ級、75㎏以下のライト級、85㎏以下のジュニアミドル級、95㎏以下のミドル級、105㎏以下のヘビー級、105㎏以上のアンリミテッド級に別れている。

 練習がてら彼らにインタビューしたり、道場の様子を紙面で紹介出来る、と言うオマケも付いた。まだ格闘技関係の記事は書けないけど、取材しておくに越したことはない。

 この豪派流合気柔術は打撃技も多く、護身術としての合気道とは一線を画している。実戦合気道に近いような感もあるけど何処か違う。師範は山瀬類と言う30代半ばの男性だ。色々と用事あるらしくてあまり道場に来ないそうだが、一度だけ遠くから見た事がある。遠目でも只者では無いと感じた。

 「『頭が一つ、手も足も二本、ならば敵無し』これが豪派流の極意にあります。人間の身体の動きをよく知れば必ず制する事が出来る、と言う理屈です。この教えに沿って技を学んで行くんですよ。あの時は相手の体勢を崩す『型崩し』の一つを行いました」

 「へー。でもよく咄嗟にやったね。お陰でハイキックが決められた。効けへんかったけど」

 「自分でも驚きました。練習って、やるもんですね」

 「うんうん」

 「あの、明日は吹田で興行でしょ? 大丈夫ですか?」

 「電話でさあ、社長は『通常通りにやる』って言うてたけど、マスコミがいっぱい来るかもなあ。それに須賀君が行方不明やからなあ。ま、俺も怪我とか無いし、須賀抜きの組み合わせになるんやろうなあ」

 「やりますか?」

 「やるでしょう」

 「自分も行きます」

 「じゃあ、昼前にいつものように八尾プロレスで」

 「分かりました」

 吹田で興行、とは1970年に開かれた万博跡地にある『万博記念公園』の特設広場で行う興行の事だ。公園内には太陽の塔もあるし、観光名所も沢山有る。でも体育館のように室内ではないから露天試合となる。吹田は交通の便が良く、運動施設も多い。屋内競技場等で行う場合もあるが、基本は万博特設広場だ。

 他団体は、夜間に露天興行はあまり行わない。八尾プロレスは派手な照明でリングを照らし出す手法で人気がある。また、野球観戦のようにビールも販売するので何かと好評なのだ。

 俺はPCで書いた記事と指示書と写真と、明日は八尾プロレスに同行する旨の言伝を会社に送り、コーヒーを飲み干した。すぐに編集から了承する旨の返事がメールで来た。

 俺は東大阪の布施駅の近くのマンションで暮らしている。中尾は私立大学の近くの八尾プロレスが建てた寮住まいだ。俺も中尾もいつ遠方で長居するか分からないので身の回りの品は最低限しか置かないようにしている。

 ファミレスを出て、タクシーを呼んだ。すぐにタクシーがやって来た。途中まで一緒に乗り、私立大学の近くで中尾が降りた。

 「じゃ、また明日」

 と中尾。

 「はい。明日も宜しく」

 俺がそう言うとドアが閉まった。そして『布施駅まで』と運転手に告げた。

 …夜の街を走るタクシーの中で、俺は赤い服の女について考えを巡らせていた。不思議な出来事だった。いや、異様で奇怪な出来事だ。

 公園で赤い服の女を撮影した大学生は『おかあさん』と言う声を聞いた。須賀には女が『おとうさん』と呟いた。何故だ? ここに何かヒントがあるような気がしてならない。須賀の行方も気になるけど、赤い服の女が何者かを探りたくなってきた。

 「何者か、か…」

 と俺は呟いた。


【2】に続く。
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