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Nobuyuki Takezawa

Author:Nobuyuki Takezawa
電子書籍のトビラへようこそ!

当ブログでは、私の発行済みの電子書籍を紹介をしております。また、楽しんで頂けるようエンターテインメントブログを目指しています。ごゆっくりお楽しみ下さい。

※プレビュー画像はかなり美化しております。こんなに若くありませんしm(_ _)m でも、カラオケ好きなのでマイクを持たせました※

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【DD13】

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【DD13】 今村夏美 木場誠二

 ジョンは死んだ。夏美はジョンの傍らで呆然と座り込んでいた。

 何度も同じ事をして、何度も違う事をしたように思える。どうしてだろう? 記憶が混乱しているのだろうか。

 混乱するという事は、体験したという事だ。でもそんな事があるはずがない。

 夏美は立ち上がり、デストロが出てきた部屋の中を覗いた。割れた大きなガラスの筒のようなものがある。筒の周囲は薄緑色の液体の水たまりがあった。デストロはこの中に居たようだ。

 机の上にプリントアウトされた書類の束があった。英語で書かれているので内容は分からないが『Destro』の文字は読めた。

 知ってるはずのない事を知っていた…。夏美は今までの事を思い出そうとした。

 「うう…」

 頭の中で蜂の大群が舞っているようなぐわーんという音がして頭痛に襲われた。ついさっきの体験を思い返そうとしてるだけなのに、それがとても難しい。

 しかも、そうするといろんな記憶が消えて行くような気がする。制御バッジってなんだっけ?

 夏美はぼんやりと部屋の中を歩いた。やっぱり忘れている。何を忘れているのかまで忘れている。

 部屋の隅のテーブルの上に地下七階のカードキーがあった。夏美はそれを手に取り、そうだマリア・クートアという少女がそこに居るんだ、と思い出した。

 そこに行けば一番大切な事が分かるかも知れない。そんな気がして夏美は部屋を出た。

 ジョンをここに置いて行くのは忍びなかった。夏美は必ず戻って来よう、そしてちゃんとお墓を作ってあげようと思い、手を合わせた。

 夏美はエレベータールームに入り、階層表示ボタンを見た。B8Fでエレベーターが停まっている。誰かが地下八階で降りたのだ。

 木場かも知れない。梨花かも知れない。他の誰でもいいから生きている人に会いたい気持ちが募り、B8Fのボタンを押した。



 こういう展開は映画のクライマックスシーンなんかでよくあるな、と木場はエレベーターを降りた時に思った。でもまさか現実に自分がやるなんて思いもしなかった。

 脂汗と冷や汗が頬を伝う。なんて馬鹿な事をしているんだと何度も思うが足を止めるつもりはない。

 通路を進むと、破壊されたドアがあった。その向こう側がタイフーンが居た場所なのだろう。地下発電施設と液体水素貯蔵庫はその手前、右側のドアの向こうだ。

 ドアを開けると真っ直ぐな通路が伸びていた。突き当たりにまたドアがあるが、その手前に黒い人影があった。木場はダッシュして、『どりゃあ!』と叫び、その人影めがけて飛び蹴りを放った。

 それは昆虫のような身体をしたキメラだった。木場は飛び蹴りで倒れたキメラに対してマウントポジションを取り、つまり馬乗りになってスパスを構え、頭部を破壊した。

 木場はキメラの死骸を踏んで立ち、ドアを開けた。冷蔵庫のような燃料電池発電装置が並んでいる。余熱をボイラー設備に送るパイプが破損していて蒸気が吹き出ている箇所があった。

 燃料貯蔵庫のドアは開いていた。木場は転がり込むようにドアをくぐった。

 広い貯蔵庫の中は液体水素を入れたカートリッジらしきものが山積みされていた。木場はなんてずさんな管理の仕方だと呆れた。おまけに『火気厳禁・ナパーム油脂』と書かれた木箱も大量にある。これが一斉に爆発すればこの施設の床が全部落下して壊滅、炎上し、残るのは灰だけだ。

 時限爆弾はすぐに発見出来た。ステンレス製の円筒形で、結構大きい。本体と一体になった金具があり、壁に打ち込み式のボルトを使って厳重に留められている。外して持って行くのは不可能だ。

 木場はドライバーを取り出し、本体カバーに付いている六本のネジを外しにかかった。手早くやってるつもりでも、もの凄くもどかしく思える。

 やっとの事でネジを外した。カバーをそーっと取り外すと、プラスチック爆薬と液晶のデジタルメーターが目に入っだ。メーターは『00:05:14』となっている。

 木場は愕然とした。ギアは残り十分だと言った。ここに来るまで五分もかかったのか? 計算では三分で到着するはずだったのに。

 などと憤っている場合ではない。ごちゃっとしたコード類の中から緑と青と赤のコードを確認する。他にも白や黄色や黒色のコードがあった。

 緑、青の順番でコードを抜き、連結させる。最後は赤を切ればいい。

 木場は緑のコードを抜いた。特に変化はない。青も同じだ。そしてコードの端の銅線部分を繋いだ。後は赤のコードを切るだけだ。木場はナイフを取り出し、赤色のコードを摘んだ。

 悪寒がして手が止まった。口の中がカラカラに乾いている。この期に及んでギアの言葉が嘘に思える。でも他に何かあるのか? 言われた通りにしなければ時間切れで、どこかに居る夏美と共にお陀仏になるだけだ。

 「くそっ…」

 と木場は呟き、覚悟を決めたその時、何者かが貯蔵庫に入ってきた。

 ゾンビかヒドゥンかキメラかリッカーか、それともデストロソルジャーかと身構えた木場は驚いた。作業着姿の夏美がベレッタ製らしき拳銃を構えてこっちを見ているのだ。

 「木場さん?!」

 と夏美が銃を降ろして言った。

 「今村君?」

 木場はホッとして言ったが、今はそれどころではない。

 「木場さーん!」

 夏美が拳銃を落として、腕を広げて走ってきた。抱き付くつもりか? 木場は『やばっ』と思い、走り寄った夏美の顔を足で蹴った。

 「どわっ!?」

 夏美はスッ転んで叫んだ。

 「すまん! 事情は後で説明する!」

 木場はそう言い、作業を続けようとした。

 「あーっ! ダメー! 違うわ、それ!」

 夏美が起き上がりながら言った。

 「は?」

 「えーっと、色が違うような気がするの…」

 「ど、どうして知ってる?」

 木場は驚いた。何で彼女は時限爆弾を解除している事を知っているのか?

 「黄色だと思う」

 「だから、何で?」

 「分からないけど、覚えているのよ」

 「覚えている?」

 「デストロの事も覚えていたし、爆弾の事も。…でも、忘れてしまうの! だから早く!」

 夏美は必死に、訴えるように言った。木場は五秒で結論を出そうと思った。夏美は何と言った? 黄色だと? デストロを覚えていた?

 「ううう…。だあっ!」

 木場はナイフで黄色のコードを切断した。

 何も起こらない。

 メーターが残り四分七秒で止まっている。

 「ぬあああっ! あのクソ野郎!」

 木場はギアを罵り、残りの時限爆弾の解除を急いだ。夏美にはナイフを持たせ、自分はネジを外し、コードを抜いて繋ぐ。夏美からナイフを受け取って黄色いコードを切断する。

 一分で一個解除すればいいのだが、焦るわ手は震えるわ夏美がナイフを取り落として木場の足の甲に刺さるわで、どれだけ時間がかかっているのか全然分からなくなった。

 「ぬうううう!」

 最後の一個に取り掛かり、メーターを見た木場が唸った。残り十五秒だ。落ち着けば余裕で処理出来るはずだが、腕に力が入らずコードを抜くにも『だあっ! うおっ!』と気合いを入れなければならなかった。

 そして、とうとう全ての時限爆弾の解除に成功した。木場はぐったりして、床の上で大の字になった。夏美はペタンと座り込んでいる。

 「助かった…」

 木場が呟いた。出来ればこのまま寝ころんでいたかったがそうも行かない。立ち上がって気持ちと身体を落ち着かせる。

 「あの、木場さん…」

 夏美が木場を見上げて言った。頬が痩け、目の下にくまが出来ている。

 「いろいろあったようだな」

 と木場。

 「ジョンが死んだの…」

 「ジョン? 生き残りが居たのか?」

 「違うの、犬だけど人間で、えーっと、生物兵器にされたのよ」

 支離滅裂な事を言ってる、と木場は最初思ったが、ヒドゥン関連のファイルを思い出してハッとした。

 「それ、ヒドゥンDタイプじゃないのか?」

 「よく分からないけど…」

 「犬の顔したヤツだろ? たてがみみたいなのが生えてて」

 「そうそう」

 「何でそいつがジョンなんだ?」

 「友達だったの」

 「は?」

 木場は夏美の前に腰を降ろした。夏美が何か言う度に質問し、理解しようと努めた。信じられない話ばかりだが、自分も説明不能な事を体験しているので黙って聞いた。

 地上の発電施設でヒドゥンDタイプと出会い、その直前に入手した制御バッジを持っていたせいで命令に従うようになったらしい。木場は夏美から制御バッジを受け取り、調べた。電池が切れていて作動していない。

 「どうかしました?」

 と夏美。

 「いや、別に…。で、制御バッジという言葉を聞いたのは今、俺からだよな?」

 「ええ…」

 夏美は不安そうに答えた。木場は、夏美が地下四階の保安室からここまで来たルートを訊ねた。

 夏美が『遊戯室の男』と呼んでいるのがデストロソルジャーだと分かった。彼女はデストロソルジャーの研究室に入った際、制御バッジを見たと考えるのが理論的である。

 デストロは、Zウイルスの正式名称がデストロイド・Zウイルスである事から連想すれば出てこなくもない。これは夏美も読んでいる『恐怖のバイオハザード』にも記述してある。しかし、その他の事柄はどう考えて説明出来ない。

 「じゃあ、未来の記憶があって、それを思い出したって事か…?」

 「そうとしか考えられないし…」

 「分かった。行くぞ」

 「え? でも、地下七階に」

 「そこを調査して、吉岡梨花って自衛隊の人を捜してから脱出する。いいな?」

 「は、はい」

 夏美は頷いて答えた。二人は立ち上がり、燃料貯蔵庫を出た。

 木場はギアに会って半殺しにしてやりたかったが、それは真実を知ってからだ。

 「木場さん?」

 夏美が険しい顔をしている木場の名を呼んだ。木場は考え事をしている自分に気付いて口を開いた。

 「何でもない」

 本当は『真実ってなんだ?』と考えていた。木場は何故か真実に近付く事に畏怖を覚えていたのだ。



 木場の後について地下八階の通路を進んで行くうちに、夏美は木場の締まったお尻を蹴飛ばしたくなった。この人はあたしの顔をガイーンと蹴った。目から火花が出た。事情は分かったけどやっぱり腹が立ってくる。

 強い光がカメラのフラッシュのように連続して瞬いた。それが爆発の瞬間だと理解したのは、見ている場所が微妙にずれていたからだ。木場の隣りだった時もあれば、貯蔵庫に入ったところだった時もある。

 赤いコードをナイフで切断する。光る。切断する。光る。これを数回見た。黄色いコードを切断した場面を見たと思った時に記憶の繰り返しが止まった。だから赤ではない、黄色だとあの時言ったけど、よく考えれば無茶苦茶だ。

 木場が言うように未来の記憶を見たとは思う。でも実証出来ないし、原因も分かっていない。もし、幻覚を見ているだけだったら今頃二人とも灰になっていたはずだ。

 だけど、正しかった。やはり自分には未来の記憶があるのだ。頭が痛くなるので理由は考えないようにしよう、と思った時に木場が立ち止まった。

 そこは発電室から出た場所だった。左に行けばエレベータールーム、正面のドアは梨花と出会った部屋、右側がタイフーンとかいう生物兵器が居た所だ。

 「ちょっと覗いてみる」

 と木場が言った。夏美は『あの』と言いかけたが、木場がさっさと歩いて行くので黙って後に続いた。

 動物園みたいな匂いのする広い部屋は至る所に血痕はあったがゾンビも居なければ死体もない。部屋の奥にシャッタードアがある。ドアは開いていて、通路が伸びているのが分かった。

 通路に入ると、突き当たりがシャッタードアで、すぐ左にカードキー式のドアがあった。カードキー式のドアのロックは掛かってなく、木場はそのドアを開けた。

 中は保安室と似た造りだが、エアシューターはない。その代わりにコンピューターと大型のモニターが設置されている。

 「ここが制御室か…」

 と木場が呟き、コンピューターを調べようとしたが何を思ったのか近くの机を蹴飛ばした。

 「ど、どうしたんですか?」

 と夏美。

 「ギアめ…」

 「動かない。壊されてる」

 木場が指差したコンピューターの本体の横に深い溝があった。溝の縁が溶けている。夏美は『ギアって、歯車の事かな』と思って質問しようとしたら木場はもう部屋の外に出ていた。

 行動力があって決断が早いのが木場の良いところだと思うけど、人の話を聞かないし自分の事は話したがらないし、こういうのを独断専行タイプっていうんだろう、友達はいなさそうだな、と夏美は思った。

 木場は『壊されている』と言ったが、夏美はコンピューターの本体に、白い粒が付着しているのを見つけた。溝の奥、本体の中にもいっぱいある。これのせいでコンピューターが動かなくなっているようだ。

 ドアが開く音がした。続いて木場の『おわっ!』と叫ぶ声もした。夏美はまた何か出たのかと通路に出た。

 「ん…?」

 出て左側、シャッタードアの前で木場が銃を構えている。夏美は木場の肩越しにシャッタードアの向こうを覗いた。

 「わっ!」

 と夏美も叫んだ。ドアの向こうには緑色の水が溜まったプールが二つあり、そこから亀が這い昇ってきていた。

 亀の顔は凶暴なワニガメに似ている。違うのは身体全体の大きさだ。幅は7メートル、厚さは2メートルを優に越えるだろう。

 亀が口をパックリと開けた。四十インチのテレビを一呑みしそうなぐらい大きい。

 「相手をしている場合じゃないな…」

 木場がシャッタードアを引き下げて言った。夏美はうんうんと頷いた。アレも生物兵器なら、携帯している武器ではどうにもならないだろう。

 「行くぞ」

 と木場が言った。夏美はきびすを返してエレベータールームに向かった。木場は『お、おい!』とか言ってるが、無視してそのままズンズン歩いた。そしてエレベーターに乗るまで木場の前を歩けたのでちょっと満足した。



 地下七階のエレベータールームを出ても夏美は黙っていた。木場は『何を怒っているのか?』と思ったが理由は訊かない事にした。女の心理を理解するのは相対性理論を理解するより遥かに難しい。

 通路はL字型になっていた。角にロックされていないカードキー式のドアがある。多分ここが心理エネルギー学研究室だろう、と思い木場がドアに手を掛け、開けた。

 「なんだ、こりゃ…?」

 木場が呟いた。夏美も呆然と室内を見渡している。

 室内はまるで雑巾を絞ったようにねじれていた。床はまだマシだが、壁も天井も大きくうねっている。それに他の部屋とは使われている材質で全然違う。木のようにも見えるが、合成樹脂のようでもある。

 「あ、あれ!」

 夏美が指をさして言った。部屋の中央に円形の台座のようなものがあり、木場は最初太い柱だと思った。が、その上には十字架があって、白衣姿の初老の男が傑になっていた。男の身体には木の棒が何本も刺さっていて、それで十字架に固定されているようだ。

 木場も夏美も言葉を失い、しばらくの間この奇怪なオブジェを見上げていた。男は生きているのか死んでいるのか分からない。ピクリとも動かない。息をしている様子もないので多分死んでいるのだろう。

 台座の向こう側には扉があった。木製の、お屋敷の玄関扉のような造りだ。台座と扉の間にはベッドや機械やコンピューター類があった。

 扉の近くの壁に豪華な縁の鏡が掛かっている。その手前の床に血が滴っていた。安っぽいお化け屋敷みたいだ。

 「お?」

 木場はうねった床の窪みに研究員らしき男女が倒れているのを発見した。近くにはレーザー兵器研究室のモニターで見たPLAGが落ちていた。

 男女ともに恐怖に歪んだ顔で死んでいた。目と鼻と口と耳から血と粘液を流している。木場は『どこかで見た死に様だな』と思った。

 男の研究員のネームプレートは『ショージ・コバヤシ』となっている。レーザー兵器研究室の日誌ファイルの記入者だろう。

 木場はPLAGを拾った。レーザーナイフと同じバッテリーに繋がっている。スパスぐらいの大きさで、重さも似たようなものだ。本体の液晶の目盛は『98』となっている。

 PLAGは本体もバッテリーも肩から下げられるようベルトが付いている。木場は左肩に下げてみた。腰溜めで撃とうと思えば出来ない事もなさそうだ。もっとも、パルスレーザーが出ればだが。

 ベッドには腹を割かれた動物が仰向けになって紐で縛られていた。それはアライグマだった。柔らかそうな乳白色の内蔵とおぼしき器官がいっぱいある。心臓は菱形で、肺は空気袋のように薄く、消化器官の代わりに節のある管が盛り上かっている。ギアが言ったように外側はアライグマだが中身は別物だ。こんな生物は存在しない。

 次にコンピューターとモニターを調べた。表面が溶けたようになっていて、とても使えそうにない。ダメもとで起動スイッチを入れたらコンピューターがヴーンと唸り、モニターが点灯した。

 モニターの表面も歪み、所々に点々と白い粒のようなものが付いている。まるで飴細工だ。でも画像は妙に鮮明だった。

 男が映し出された。黒い背広の上に白衣を羽織っている。この男もどこかで見たと思ったら、十字架に傑になっている男だ。

 画面の右下に日時と、記録者を示す欄があった。そこには今年の夏の日付と『アイン・クートア』という名があった。

 「クートアって、もしかしたら…?」

 夏美が木場の後ろからモニターを覗いて言った。木場はマウスで画面左下に表示されている『再生』の文字をクリックした。動画の再生が始まった。

 クートア博士は咳払いを一つして、モニターの上に設置したカメラの調整をした。そして溜息を吐き、口を開いた。

 『後世の為に、記録を開始する。えー、こんなものでいいかな…』

 と言い、一旦動きが止まった。一度自分の姿がどんな風に映っているか確認したようだ。

 背景は整然とした研究室だ。ここではなさそうに思えたが、機材の中に同じ物が幾つかある。

 『ふむ…。私も年を取ったものだな。昔はカーサの若き万能天才科学者と呼ばれ有頂天になったものだが、老いるとは夢にも思わなかった。おっと、愚痴を言ってる場合ではない。誰にだ? この記録を見ている君にだ。わははは』

 クートア博士がゲラゲラ笑った。木場は呆気にとられた。彼はダスティン・ホフマンのような渋い男前だが、見掛けに寄らずユーモア好きらしい。

 『さて、私のアイデアが認められ、心理エネルギー学の実験を行う事となった。その模様を余さず記録したいと思う。それにしても、カーサの連中には頭が下がるね。カラカルであんな事件を起こし、サイレンや南米ペルー基地も世間にバレてもすぐこれだ。しぶといと言うかゴキブリ並と言うか、お陰で日本で研究出来る事になって嬉しいのだが、外出が制限されているのは困ったものだ。レーザー研のコバヤシ氏に聞くところによると、大阪にはたこ焼きなる珍妙美味なる食べ物があり、関西地方の全世帯ではたこ焼き器があって毎日食べているらしい。私も一度食したいと思っているが、研究の成果が出ない事には休暇の申請さえ受け付けてもらえない。ま、それはさておきプレゼン用の心理エネルギー学の概要をまとめてみよう。ここからは音声と文字やデータやグラフを簡単に編集して分かりやすくしてみる』

 一旦画像が止まり『心理エネルギー学入門』という文字が出てきた。このおっさん結構おふざけが好きだな、と木場は思った。

 「あの、あたし英語分からないんですけど、たこ焼きと何か関係があるんですか?」

 と夏美が言った。

 「後で説明する」

 と木場。モニターには人間の脳の三次元構造図と、意識と無意識を現す円形の図面のようなものが映し出された。

 『心理エネルギー学というのは、人間の無意識の奥に眠るエネルギーを取り出す学問である。人間の無意識は人類共通の無意識と繋がっており、そこには莫大なエネルギーがたゆたっている。この報告を御覧の皆様方は信じられないとお思いでしょうが、これは事実なのです』

 モニターに触手がいっぱい生えている芋虫のような生き物が映された。『デストロ改良実験時における副産物的現象』と題名が表示される。

 『ご存じのように、カーサ生物兵器開発部門が作り上げたZウイルスによる人型汎用生物兵器デストロは、当初は人語を解するが人の命令を聞かず、暴走する危険な存在であった。そこで我々の研究班は人の神経細胞を増殖させ、自律活動を行う新生物『ジェネシス』を創造した。これをデストロの脳に寄生させて本能を抑制し、人間に忠実な生物兵器の実現をみた。我々はこの成果を喜び、ボーナスをもらってハワイでのんびりしていたわけだが、カラカルシティの特殊警察隊の一員であるジェシー・ビュームなる女性に撃退されたとの報告を受け、ずっこけた。一体いくら労力と金が掛かっていると思うのか? それに、どうして女の警官を殺す為に使ったのか? どんな風に使ったのか? 上層部のやる事はわけが分からない。おまけにカーサは潰れ、グレースケミカルの役員と名乗る男がやって来るまで私は一年間もハワイでぶらぶら過ごすはめになった。それはさておきこの一件により、デストロを小型化させて本能を抑え、なおかつ繁殖能力を持つデストロソルジャーと、ヒドゥンに犬の遺伝子を組み合わせたヒドゥンDタイプの開発が始まった。この両者は人型生物兵器の最終目的である『戦場で兵士の代わりに使う』という利用方法に最も適しており、コストも格段に安い。私もこの方面の研究をするものだと思っていた。が、上からジェネシスの改良を行えと言われた。女一人にあしらわれるものをどうして研究しなければならないのか? 上層部は新型生物兵器、タイフーンとポセイドンの制御に使うと言う。熊と亀をジェネシスで制御すると聞いた私は頭にきて』

 ここで画面が停正した。再び動き出した時にはクートア博士がコーヒーカップを手に持っていた。

 『どうも、その、愚痴を言ってしまうようだ。ははは。ま、簡単に言うとだな、上はジェネシスのタイフーンとポセイドンへの利用を諦めたわけだ。しかし、ジェネシス自体の可能性はまだまだあるとこだわっていたので、私はそっちの担当となった。デストロソルジャーの更なる能力開発と、人間への利用法を追求しろと言われ、私は研究を始めた。そしてこの研究を通じて、人からエネルギーを取り出せる事が分かった』

 クートア博士はコーヒーを一口啜った。画面には『ジェネシス改』と表記された生物が映された。ジェネシスと似ているが、平べったくて皺が多い。

 『このジェネシス改は人の大脳新皮質と同じ働きをする。訓練次第で人間並の思考力を得る性能を持つ。これでデストロはでくの坊ではなく、会社を経営し、アメリカンージョークを連発し、サックスを吹き、歌って踊れるようになる。だがしかし、それは人であって生物兵器ではない。つまりは倫理観と人間の有能さとは無関係ではないという事だ。ジェネシス改の性能を落とせば命令に忠実になるが予定外の事態に対処する能力が落ちる。大量殺人犯を観察すれば理解出来ると思うが、彼らに共通しているのは狂っている事だ。戦場に送れば味方を殺しかねない。幸いにジェネシス改は能力調整が出来るので、うまくバランスが取れるまで何度も実験を繰り返さないといけないだろう』

 画面にコードの付いたヘルメットと医療機器のような機械が映った。この部屋にある装置と似ているが、もっと大型でゴテゴテしている。

 『私はこの実験を効率よく行う為に、ジェネシス改を疑似脳に寄生させ、シナプスの電荷を測ろうとした。ご存じのように、シナプス間で生じる電気レベルは低い。これを増幅して反応とかを調べていた時に奇妙な現象が起こった。発生した電気信号を特殊な装置で真似て送り返したところ、また同じ反応が起こった。それを繰り返したら装置がショートした。漏電でもしたのだろうと、直してまた同じ事をしたらやっぱりショートした。今度は機械に電圧計を取り付けた。驚いた事に、ショートの原因は脳のシナプス間の電気回路を再現した部分で発生していたのだ。コードからも、その他のどこからも電気は流れ込んでいない。私はこの現象を解明しようと躍起になった。ジェネシス改に自意識は無い。つまり眠っている状態だ。夢に刺激を与え、反復させる事により電気的エネルギーが発生する。最初、私はこの突拍子もない考えを自分で笑った。だが、実験を進めるにつれて事実だとしか考えられなくなった。では、一体どれだけのエネルギーが発生するのだろうか? 装置を改良して計測したところ』

 一瞬画面が消え、またついた。木場はてっきりその続きが見られると思っていたが違った。クートア博士はやつれ、げっそりした顔になっている。

 『夢が…。そう夢だ…。ジェネシス改は夢を見ていた。だからエネルギーが発生した。その夢を見れないか、と思ってドリーム・ホログラフィック・ディスプレイを作った。原理は簡単だ。上の連中は難しすぎて理解出来ないと言う。馬鹿な奴等だ。自転車に乗るのは簡単だろ? どうして自転車に乗れるのか説明しろって言われても乗れるんだから乗れるとしか言いようがない。だから実験結果を見せつけてやった。驚いていたよ。もう半年前の話だがね。
 ジェネシス改が見ていた夢は抽象画のような感じだ。時たま疑似脳の感覚器官から得た景色とか、音とか、そんなものが出てくる。ずっとそんな感じだった。でも、一週間前にジェネシス改の夢の中に私が出てきた。ジェネシス改は夢の中で自分自身を造った。妙齢の美女だ。性別もないただの合成生物であるジェネシス改が、自分を女だと思っていた。私や、他の研究員の会話から、私の好みの女性を知り、そうしたのかも知れない。彼女は私に寄り添い、もたれ掛かった。ジェネシス改が何故そんな夢を見るのか、不思議だった。そしてアレが起きた』

 クートア博士は頭を掻き雀って『ううう』て唸った。

 『彼女が私に語り掛けた。温度を上げて、と。私はきっとジェネシス改が寄生している疑似脳の温度が低いのだと思い、その足で設定温度を上げた。ははは…。夢の中でやったのに、現実に温度が上かっていたんだ。私はディスプレイを見ていたはずだった。でも、いつの間にか夢の中に居た。それが始まりだった。アイツと私は夢の中で出会い、過ごすようになった。その期間は四日ほどだった。ある日、アイツは私が書類を書いている後ろに立った。私は振り返った。アイツは微笑んだ。私は装置を確認した。スイッチは入っていない。気が狂ったと思った。アイツはジェネシス改の生命維持装置を指差して言った。止めて下さい、と。私は止めた。アイツは、彼女はありがとう、と言ってわけの分からない粒になって崩れた。は、ははは。私は彼女の身体だったものを片付けて、バーに飲みに言った。顔見知りの研究員と馬鹿話をした。現実だった』

 また画面が止まった。次に画面に現れたクートア博士はマッド・サイエンティストさながらの風貌になっていた。

 『私には娘が居る。マリアという名だ。私がカーサの研究員となった頃に出来た娘だ。十四歳の時に交通事故に遭い、それから三年間意識を失ったままだ。先週、グレースケミカルの特務部隊に頼み、本国の病院からマリアを運んでもらった。マリアは一日に数回眼球運動をする。つまり、夢を見ている可能性があるのだ。ジェネシス改の代わりにマリアを被験者とすれば、上手く行けば、彼女と話せる。いや、復活も可能だ。私は早速実験に取り掛かった。
 ジェネシス改と同じだった。やっぱり彼女は夢を見ていた。上層部への体面もあり、マリアからエネルギーを抽出する実験から始める。
 夢はエネルギーを取り出す為のきっかけだ。そのエネルギーは電気ではなく別の何かで、装置と感応する事で変換される。ジェネシス改と違い、マリアから得られたエネルギーはこの施設のバッテリー全部を充電するに足る量だった。上は人間発電所が出来たって喜んだ。ウイルス兵器開発のようなリスクを負わなくても、莫大な利潤が得られる。二十一世紀後半に訪れるだろうエネルギー争奪の為の世界大戦を回避出来る唯一の方法だ、とも宣った。だが、私には興味はない。マリアが復活したらそれでいい。
 私は駄目な父親だった。妻と離婚後、ろくに面倒もみずに研究に打ち込んでいた。こんな父親でもたまに帰る度にマリアは労いの言葉を掛けてくれた。あの娘はいい娘だ。十四歳の春までは。…
 Zウイルスによる細胞再生能力を与えれば昏睡状態をどうにか出来ると考えた時もあった。私は他の研究者のようにそこまで腐っていないつもりだ。マリアを危険に晒すつもりはない。
 エネルギー抽出の実験は成功した。上はそれを認めた。追加実験と調整の名目で、夢の現実化実験を行う。
 ジェネシス改は自分を女性として現実に構成した。エネルギーと物質の関係はアインシュタインが解明している。E=MC2だ。物質はエネルギーの貯蔵タンクのようなものだと思えばいい。夢から抽出したエネルギーは物質化する。計算すると、ジェネシス改が造った女性は広島型原子爆弾に等しいエネルギーを使っていた事が分かった。こんな大量のエネルギーが夢から出てくるとは考えにくい。だから人の無意識の更に奥に、宇宙を創造するに匹敵するエネルギーがあると判断するしかない。
 マリアの夢をディスプレイに映し出す事に成功した。十四年間で体験したあらゆる事が夢に出てくる。ユタの田舎で暮らしていた時の事が多いようだ。古い屋敷で、マリアは恐がっていた。私はディスプレイを通じて恐がる事はないと告げた』

 ここで画面が止まった。次に出てきた画面にはクートア博士とネグリジエ姿の少女が映っていた。木場は仰天した。夏美は『あっ!』と声を上げた。

 『娘のマリアだ。夢から現実の世界に戻った』

 とクートア博士。

 『お父さん、なにしてるの?』

 マリアがカメラを覗き込んで訊いた。

 『記録をつけているのさ』

 『ヘー』

 『気分はどうだい?』

 『いいわよ』

 クートア博士もマリアも和気あいあいとしている。その様子は楽しげな親子以外の何者でもない。が、木場は二人の間に何か張り詰めたものがあるような気がした。

 カメラが切り替わり、ベッドで眠っているマリアが映った。頭にコード付きのヘルメットを被っている。画面が急に動き、クートア博士が映った。カメラを見て、口の端を歪めて無理して笑っている。と言うことは、撮っているのは現実化したマリアか? ジェネシス改は自分を殺すようクートア博士に願っている。マリアはどう感じているのか?

 今度の画面は、クートア博士が椅子に座り、カメラを見ているだけだった。その姿は若く、男前になっている。整形でもしたかのような顔だ。気取って学術書を読んでいる。

 別のクートア博士が画面に入ってきた。学術書を読んでいるクートア博士がそっちを向いた。新たに来た方のクートア博士がコルトガバメントらしき拳銃を構え、もう一人のクートア博士の頭を撃った。

 「ど、どうなってるんですか?」

 夏美が木場に訊いた。木場は掻い摘んで説明しようとしたが、また画面が切り替わった。

 ここの研究室の壁のアップだ。ゆっくりとうねり、変化している。次にマリアが映った。マリアは、マリアを抱えていた。抱えている方は健康そうで、よく筋肉が発達している。抱えられている方は棒のように痩せていて、関節が固まり身体がこわばっている。そして壁に扉が出現した。

 扉はスッと、瞬間的に壁に現れた。まるでそうなるのが当然のように。マリアを抱えたマリアは扉を開けてその向こうに姿を消した。



続く

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