小説世界
SF長編小説 - 2016年11月18日 (金)
【小説世界・1 約束事と第一幕】
私「何も無い。真っ暗で、無限の空間。上も下も無い。当然右も左も無い。どこまで行っても同じ空間。そこに私が居て、考える。すると必然的に地平が出現し、上下左右が出現する」
烈「…ここは?」
私「小説世界だ。これから小説を書く為に舞台設定をするつもりだ」
烈「へー。で、俺を設定したのか?」
私「いいや。設定したの本物の『私』だろう」
烈「じゃあお前は何なんだ?」
私「本物の私の代弁者かな」
烈「本物出せ、本物」
私「本当の『私』は絶対に自分として文章を書かないし、自分の事も書かない。例外として内容が面白ければ書くそうだ」
烈「どうしてだ?」
私「私小説になるからだ。全く面白くも無いものに変貌するからだ。ここまで書くのがギリギリだ。あ、付け加えておくと私小説が面白くないとは言ってないぞ。本当の『私』の主義というか、ああ、ここまでが書ける限界だな」
烈「ふうん。何か知らんがそれだったら仕方ない。俺の存在も読者の想像力の中に浮かび上がる幻みたいなものだからな。で、今回のこの小説世界って何なんだ? お前の事はある程度分かった。俺は何だ?」
私「登場人物だよ。『機動警察Y分署』と言う未完の小説が勿体無いので主人公の『山科烈』と言う登場人物から『烈』を拝借した」
烈「おお、じゃあ性格も似ているのか?」
私「それは分からない。近いけど別人だと思ってくれ」
烈「で、目的はなんだ?」
私「小説を書く事だ」
烈「変だぞ。こんな形式の小説は存在しない。これではまるで脚本だ」
私「音声だけの作品にする為の『ラジオドラマ脚本』としても成立するようだ。勿論、映画やドラマ等の映像表現になってもこの形式は脚本だな。舞台で演じる際の台本の元になるのが『戯曲』だ。ウイキでは『戯曲(ぎきょく)は、演劇の上演のために執筆された脚本や、上演台本のかたちで執筆された文学作品』だそうだ。でも、どうでもいいのだよ。私の定義では『小説は限りなく自由なもの』で、それはこのような枠組みをも含むと解釈している。ま、頭の中に舞台を作って登場人物を動かしてみる小説も面白いかな、と」
烈「そうか。それは分かった。しかし、何も無い床だけの世界でどうしようってんだ?」
私「そうか? 私は椅子に座っている。西暦二千六百四十八年の午後八時だ。ここは古びたバーで、スラム街にある。テーブルの上には料理が並び、酒もある」
烈「おお、俺も椅子に座っている。これは人工肉のステーキか」
私「ああ。普通通貨、略して普貨で五千円だ」
烈「酒もある」
私「バーボンだ。普貨で一杯千二百円だ」
烈「普通通貨、普貨ってなんだ?」
私「普通の通貨だ」
烈「他に通貨があるのか?」
私「特別通貨、特貨がある」
烈「普貨とどう違う?」
私「特貨は百年程前に火星で発見された『増殖する金属』で、食べられる。全て貨幣に加工される。一円玉を食べると一日老化が止まる」
烈「そそそ、それじゃあ五百円玉を食べると?」
私「五百日老化が止まる」
烈「不老不死が可能じゃねえかよ」
私「食べられればね」
烈「どう言う事だ?」
私「一円特貨は約一万円普貨というレートだ」
烈「腹は減るのか?」
私「当然。それに相場は日々変動している。最近は一円が一万二千円はする」
烈「割に合わねえような…」
私「だろ? まる一日働いて一円特貨を買って食べてもその日が帳消しになるだけだ」
烈「金持ちはどうなんだ?」
私「何十年、何百年と老化を止めている者が居るだろう」
烈「金で寿命が買えるのか」
私「それは現実世界も同じだ。金持ちで、恵まれた者は長生きし、貧乏人は早死にする傾向が強い。それが目に見える形になっただけだ」
烈「癌になっても老化を止めれば死なないんじゃないか?」
私「その通りだ。老化を止めている間、癌も成長を止める。その間に治療すればいいわけだな」
烈「不公平だ」
私「世の中は不公平だよ。公平だった事なんて一度も無い」
烈「そーですか。どうも俺はこの世界では貧乏人のような気がするぞ」
私「そう設定している」
烈「金持ちにしてくれよ」
私「嫌だね。それは別のキャラに担当してもらう」
烈「じゃあ俺は降りる」
私「無理だ。もうかなりのところまで設定が進んでいる」
烈「書くのを止めろ」
私「私に言っても無理だ。本物じゃないし」
烈「…くそっ。で、そんな設定考えて、これからどうしようってんだ?」
(烈は足を組み替えて座り直した。そしてバーボンのグラスを掴み、ぐいっと一息で飲み干して空のグラスを『ドン』とテーブルに置いた)
烈「なんだこの文章は↑」
私「ト書き。状況説明だ」
烈「普通の小説風にすればいいのになんでわざわざ()で括るんだ?」
私「基本設定を構築していて、最小の文章で効果的な説明をする為だ。と書いてる本人が思っている」
烈「本人に文句を言いたいが…」
私「言えないだろ?」
烈「言えない」
私「まだ未熟なんだ」
烈「俺が?」
私「作者だ。自分に近付くと何でも排除する。これが限度だな。ま、それでどこまで何が描けるのか、お手並み拝見と行こう」
烈「そうだな。おれ以外のキャラは?」
私「そのうち出て来るだろう。もうここは地平だけの世界じゃない」
烈「俺は何をすればいい?」
私「そうだな、外に出てみるか」
(私と烈はバーを出てスラム街を歩いた。飲んだくれが何人も石畳の道を歩いている。地下鉄の通風孔から風が吹き上がっている。蒸気を吐き出している穴もある。街灯が点滅して消えかかっている。南に三ブロック歩き、東の路地に入る。そこには少女が一人毛布を被って寒さを凌いでいる)
私「第二のキャラだな」
烈「どう言う関係だ?」
私「訊けば?」
烈「そうする」
(烈は少女に話しかけた。少女は嬉しそうに被っていた毛布を取った。着ている服はサスペンダーで留めたチェックの丈の短いズボン。ハイソックス、白い長袖のシャツ、黒い革靴だ。身体は細く、色白の整った顔立ちをしている)
烈「なんか、新聞記者みたいな格好だな」
?「?」
烈「何か言えよ」
?「?」
私「まだ存在がおぼろなんだ。名前が必要だ」
烈「付けてくれ」
私「…薫」
烈「かおる?」
私「ああ。いい名前だと思うが?」
烈「薫…」
薫「遅かったじゃない」
烈「はい? おい、どう言う事だ?」
私「既に物語が始まっているようだな」
破壊無くして創造無し。果たしてそれは証明出来るのか?
小説世界、読むべし! 安いしね。
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