T氏の話Vol・2
SF長編小説 - 2016年07月19日 (火)

【T氏の話Vol・2 本文抜粋】
私はベッドから起き上がった。時刻は午後二時半頃だ。九時間ぐらい眠っていたらしい。
床を見渡す。何かが動いている。それは一つではなかった。三つか四つ、いやもっと居る。なんだろ?
「お、おお?」
私はソレを見て驚いた。もう大変だったり驚いたりは当分したくないのに。
ソレはピンク色で、四本足で、耳が大きくて、鼻が長い。大きさはゴルフボールくらいだ。もう少し大きいのも居るし、小さいのも居る。いっぱい居る。床を歩 いたり、走ったり、部屋の物を鼻で触ったり、やってる事はまちまちだ。しかし、どう見てもソレはピンク色の象だ。超ミニチュアサイズの。
私は暫く呆然とピンクの象達を見ていた。なんでこんなのが居るのか、どこから来たのか、寝起きの頭で考える。そして『まさか』と呟いて居間に移動した。
居間のテーブルの上に置いてあった、老人から渡された箱が開いている。しかも中は空だ。今朝は中にピンク色の粘土のような物が詰まっていた…。
台所から物音がする。嫌な予感、と言うより気持ち悪い予感がする。私はそーっと台所を覗いた。そして予感が的中した事を知った。
冷蔵庫の前に子犬ぐらいの大きさのピンク色の象が居る。冷蔵庫のドアは開いている。象が開けたのだろうか。その象は野菜室に入れてあるキャベツや白菜を、鼻を器用に使って食べている。そして食べながら、小指の先程の大きさのピンク色の塊を股の間から床に落としていた。象の居る床はその塊で小山が出来ている。
象の股から落ちた塊は、暫くするとくねくねと動き出す。それも凄く小さいけどピンク色の象だ。つまり、子犬ぐらいの大きさの象は食事をしながら次々に子供を産んでいるのだ。
これが人工生命M2号なのか。いやいや、T氏は単細胞生物だと言ってなかったっけ。それにあの箱には色は同じだが、粘土みたいなものしか入っていなかった。
私は居間に戻り、箱の中に入っていたレポート用紙に書かれた文字を読んだ。専門語が多くて何が書いてあるのか分からない。そこでこのレポート用紙に包まれていたCDロムを仕事場のパソコンにセットしてみた。
パスワードを要求されるかと思ったらファイルの一覧が表示された。写真入りの文書ファイルばかりある。適当に開けると、それらは人工生命体の研究レポートだった。そしてあの老人がN博士本人だと分かった。
私はレポートを最初から順を追って読みまくった。魚種の分析、N博士が造った人工細胞に魚種の遺伝子の組み込み作業、失敗の数々、そしてM2号の完成…。 完成した時のファイルには培養器の前で笑みを浮かべているN博士の写真が挿入されていた。余程嬉しかったのだろう。だが、私は仰天した。『様々な細胞を使ったが、最終的にM2号は象の細胞を得て完成をみた』というような記述があったのだ。象? それでピンクの象が繁殖しているのか?
その後のファイルにはM2号の特性調査が続いている。T氏が言っていたように、バイオテクノロジーに革命を起こすだろう性能である。
が、しかし、ファイルは途中から乱雑になって行く。M2号には粘菌のような特性があり、集団になると急速に多細胞生物に変化する。つまり、象になってしまうのだ。
また、M2号は基本となっている象以外の遺伝子を組み込むと、その動物にも変化するらしい。造りようによっては、如何なる生物にも変化するようだ。
そして最後のファイルには『M2号も失敗作であり、また私も失敗作である』と書かれていて、このレポートを読んだ者はM2号と博士自身の焼却処分を願う、とある。ここでもN博士は自分を焼却するよう告げている。だからこのCDロムにはプロテクトを掛けない、ともある。
「うーむ…」
と私は唸った。何故自分を焼き殺して欲しいなどと他人に要求するのか。その理由が全く分からない。
でもM2号がどんなものかは大体分かった。魚種みたいに身体から生えて来ないだけマシだが、今はどんどん増えるあいつらをどうにかしないと。
T氏の話Vol・2
人工生命M2号。ウルトラQにも出て来ますが(M1号)、唇が大きいお猿さんでした。
T氏の話Vol・2には
『さらばリカちゃん 前編』
『さらばリカちゃん 後編』
『人工生命M2号』
『レギオン』
『面白い小説』
『Nさんの発明』
の六編を収録。

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