FC2ブログ

プロフィール

Nobuyuki Takezawa

Author:Nobuyuki Takezawa
電子書籍のトビラへようこそ!

当ブログでは、私の発行済みの電子書籍を紹介をしております。また、楽しんで頂けるようエンターテインメントブログを目指しています。ごゆっくりお楽しみ下さい。

※プレビュー画像はかなり美化しております。こんなに若くありませんしm(_ _)m でも、カラオケ好きなのでマイクを持たせました※

タグロゴ

カテゴリ

最新記事

これは凄いよ!

最新コメント

月別アーカイブ

FC2掲示板

ブロとも申請フォーム

RSS

電子書籍のトビラとは?

 武澤です。『電子書籍のトビラ』の紹介をします。

【発行済みの電子書籍の紹介】

 既に40冊以上の電子書籍を発行しております。 それらをカテゴリ毎に分けて『表紙』『本文の抜粋、または冒頭文』等を紹介しております。

  『SF短編小説』

  『SF中編小説』

  『SF長編小説』


 SF、となっておりますが、そうでない小説も含まれています。

【連載小説】

 『赤い怪異』の連載を開始致しました。怪談みたいで怪談でない~。やっぱ私はSF作家なんでしょうねえ。

【キャンペーン情報】

 主に無料キャンペーンの情報を掲載します。お見逃し無く。

【漫画の部屋】

 『レッツ!声優』と『コミPo!で漫画』をこのカテゴリに移動させました。

【作品解説とレビュー】

 出来る限り本の中で解説してますが、その解説を前提に書いている本もあるので、ここでまとめて解説する事にしました。

 また、レビューも本を選ぶ際に参考になるかと考え、掲載します。

【思うこと】

 エッセイみたいな感じです。分からない事、疑問に思った事を中心に綴って行きたいと思います。

【動画の部屋】

 「ブログって、一つのテーマに絞ってやった方がええで」と知人に言われました。

 でも「これだけは!」という動画がありまして、みなさんと分かち合いたい気持ちが勝ってしまったのです。

 お時間があれば観てね\(^o^)/

 ※動画再生の仕様上、FC2動画の会員でない方は十分の一ぐらいの再生で終わります。全て視聴される場合は(ラジオドラマも含め)、再生モニターの左上の『動画の題名部分』をクリック、またはタッチして下さい。FC2動画に移行します。完全無料で視聴回数に制限はありません※

【バナーで紹介】

 私の作品を一覧出来るよう、バナーを並べました。ご活用下さい。横書き版(リフロー)と縦書き版(固定レイアウト)の二種類があります。

【オススメあれこれ】

 これは面白い! と思ったKindle本、漫画、アニメをバナー付きで紹介します。

【中高生の時に書いた小説】

 こんなのを書いていたとはビックリです。連載の形式で発表して行きます。

【怖い話】

 怖い話です。ノンフィクションです。

【ラジオドラマ】

 有線放送(現USENブロードネットワーク)で放送されたラジオドラマ、晩餐会シリーズです。勿論SFですが、結構感動したりします。特にワイルドレイズは傑作だと自負しております。

【嶋田加奈子さんの部屋】

 私のKindle本の新表紙を担当して下さったプロのデザイナーの作品紹介です。Kindle本はとても表紙が大事ですので、全て嶋田さんに依頼して変更する予定です。興味のある方は、是非嶋田さんのホーページをお尋ね下さい。

更新案内

表紙の変更、内容の変更・修正があった場合、KDPに申し出ております。更新が認められた場合『コンテンツと端末の管理』に『アップデートがあります』と表示されます。その際には再配信をお願いします。
『コンテンツと端末の管理』は、amazonのサイトの右下にある『ヘルプ&ガイド』の中にあります。たまにご確認下さい。

※ブログ上の小説文章は、読みやすくする為に段落毎(または適度に)に改行してあります※


にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 小説ブログ 小説家へ
にほんブログ村

短編集の製作中なんですが…。

現在まで発行した短編を全部\99に値下げして、それらをまとめて短編集にしようと思って製作に励んでおります。

短編集にした場合、お得感を出す為に『魚眼風景』のような大昔に書いた短編も入れる事にしました。

『魚眼風景』はテキストデータがあったんですが、他のは(いっぱいあります)原稿用紙に手書きです。

黄ばんでますし、字も汚い。誰が書いたんだ? あ、私だ。

それらの文字起こしに時間が掛かるのなんの…。

また、ラジオドラマ脚本や戯曲も見つかりましたので、これも入れようと頑張ってます。

『赤い怪異』も第二話完成目前なんですが、新作のアイデアも出て来るし、なんか何にもしてない時に忙しさを感じております。

ではまた。
このエントリーのタグ: 武澤信幸 エッセイ お知らせ

現在の執筆状況 2018/06/09

赤い怪異の第二話『赤い部屋』が中編規模になり時間が掛かってます。もう少し時間が掛かります。現在はYahoo!知恵袋でリハビリ(キーボードタッチ高速化)を行っております。ではまた。武澤でした。

赤い服の女 【3】


【3】

 八尾プロレスの万博公園興行には間に合わなかった。替わりに先輩のプロレス番記者に取材をして貰った。先輩は訝しがったけど『赤い服の女の有力な手懸かりが見つかった』と報告したら引き受けてくれた。先輩が試合後に会社に送った原稿と写真を編集に頼んで送って貰ったら、大体想像通りの試合展開だった。

 若手の有望株の紹介、中堅どころの空中戦、そしてメインのタッグは、藤本選手と須賀対河内極悪連合の中尾と永井選手だ。ど派手な照明を浴びて、中尾は赤いワンピースを着て登場。観客は大いに沸く。中尾は『怖いか! 須賀! さらっちゃうぞー!』とマイクで叫び、ヒラヒラと踊ってみせた。須賀は、怖じ気づく素振りを見せ、中尾と永井選手の二人掛かりの攻撃でダメージを受ける。そこに藤本選手が救援に入り、中尾と永井選手をドロップキックで場外に出す。そして須賀に平手打ち。須賀は驚き、そして落ち着きを取り戻す。須賀は中尾の赤いワンピースを破り、その切れ端で中尾の首を締め付ける。そこで藤本選手に交代。中尾を様々なワザで追い込む。中尾が永井選手にタッチ。藤本選手も須賀にタッチ。須賀は立ち関節ワザから派手な変化系のDDTを何度も放ち、最後はフルネルソン・スープレックスからの後方ジャンプ式回転ニードロップで永井選手から3カウントフォールを奪った。その直後に中尾の歯ブラシ攻撃で流血させられてしまったが。

 最後は中尾の『お前らー! 今夜も歯を磨いて寝ろよ!』のマイクパフォーマンスで締めくくられた。普段なら八尾プロレスを取り上げないスポーツ新聞やテレビ局の取材陣も来ていて、お客さんも大盛り上がりだったそうだ。もしかしたらこの試合がマイナー団体からメジャー団体への昇格の転機となるかも知れない。

 「ちくしょう…。観たかったな…」

 俺は吉川寿々子さんの屋敷の前に立ち、呟いた。折角いい記事が書けるはずだったのに、先輩に任せてしまった。でも、それは仕方ない。俺にはやるべき事があったのだ。

 それにしても八尾プロレスの商魂と言うか、臨機応変さには感服する。当分中尾は赤いワンピースを着て登場するのだろう。普段のトレーニングと演技練習のたまものである。

 遠くからパトカーのサイレン音が聞こえて来た。記者になったらこんな場面も多いんだろうな、と予想していたけど二日続けて警察と関わるとは思ってなかった。


 
 八尾プロレスの定休日は月曜日と金曜日である。定休日と言っても会場を押さえている場合は当然興行を行う。が、プロレスラーは過酷なパフォーマーなので、肉体のメンテナンスは必須だ。土日は屋内会場での連戦となるので、月曜日は徹底して怪我の手当や休養や、トレーナーでもある井筒氏による整体治療が行われる。また、神戸の劇団で演技練習をしに行くのも月曜だ。

 金曜日は梶本氏による演出練習の日だ。金曜は全ての試合の指導が行われる。メインを盛り上げる為に、前座は派手なワザを使う事なくお客さんを楽しませなければならない。そう言った流れや、細かい演出まで身体で覚えさせるのである。既にパターンが決まっている試合の場合は、ある程度の演出を受けた後は自由だ。

 その金曜日、俺は八尾市内のマンションの部屋の前で中尾と一緒に立っていた。インターホンを押しても部屋の主がなかなか出て来ないのである。

 「居ないって事はないやろなあ」

 とジーンズにジャケットを羽織った中尾が言った。

 「居ますよ。多分、慌てているんでしょ」

 と、いつもの背広を着た俺が言った。エントランス式のマンションだったら居留守を使われていたかも知れない。ちなみに、部屋の表札は『須賀五郎』となっている。

 『あっ、中尾さんと加西さん、す、すみません、今、手が離せないもので』

 とインターホンから須賀の声が聞こえた。

 「事情は把握しているから。取り敢えず入れて欲しい」

 と俺。須賀の『は、はあ…。そうなんですか…』という声が聞こえた。

 そしてドアが開いた。俺と中尾は急いで中に入った。

 須賀は白いトレーナー姿だ。俺と中尾は靴を脱いでズカズカと部屋に上がってリビングに入った。

 「ちょ、ちょ、待って下さい!」

 と須賀。

 「寝室以外の部屋?」

 と俺。

 「何がですか?」

 「隠さなくてもいいですよ。ニュースは見ました?」

 「え? 何の?」

 「八尾で一人暮らしの女性の孤独死」

 「は?」

 「吉川寿々子さん」

 「はあ」

 「自分が第一発見者で、昨日は夜遅くまで警察で事情聴取を受けました。吉川寿々子さんの死因は脳溢血です。風呂に入って、居間でテレビを点けようとした時に脳の血管が破裂したらしいんです。推測の段階ですけど。で、意識を失ったまま亡くなられました。死後一週間以上経過してました」

 「はあ…」

 「今朝、警察から連絡があって、娘さんは4歳の時に病気で死んだ事になっています。吉川寿々子さんの旦那さん、つまり娘さんのお父さんはその一年後に交通事故でお亡くなりになりました」

 「…」

 「娘さんの名前は百合子、です。吉川百合子。それが彼女の名前です」

 「…ここに居るって、どうして分かったんですか?」

 「あの家で赤いワンピースを何着も置いてあった大きな部屋がありました。部屋の中の写真や、彼女の日記や、その他諸々の物品を昨日の内に自分のマンションに運びました。レンタカーで。だから赤い服の女の存在は証明出来ないと思います」

 「…こっちです」

 須賀はリビングの奥の部屋に俺と中尾を通した。

 「うおっ!」

 中尾が驚いて声を出した。その部屋は須賀が普段トレーニングに使っているようで、バーベルやダンベルや懸垂台が置いてある。それらの器具は部屋の片隅に移動させられており、部屋の真ん中に赤い服の女が体育座りをしていたのだ。

 体育座りをしている赤い服の女、吉川百合子は確かに大きい。が、立っている時と違ってそうするとコンパクトだ。と言っても、座高だけで160㎝はあるだろう。

 吉川百合子が顔を上げた。今まで眠っていたみたいだ。自分で長い髪をかき分ける。すると彼女の顔が見えた。

 大きな灰色の顔面の中に、真っ白で美しい顔があった。何だか、化け物が彼女を取り込んだようにも見える。

 「心配しなくていいよ。君をどうこうしようってわけじゃないから」

 と俺。

 「…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 百合子はか細い声でそう言い、涙を流した。今日は長くなりそうだと俺は思った。



 「はーい、お肉の追加、持って来ましたよー」

 と小百合が言った。彼女はその巨体を体育座りのまま、少し身体を上げて、足首だけを動かして起用に歩く。音も殆ど立てない。両手でかざすように持った大皿には鶏肉が山盛りになっている。彼女は菜箸を器用に使って鶏肉を鍋の中に入れた。ちなみに、今は長い髪を後ろに束ねてポニーテールにしている。服は継ぎ当てした白いジャージだ。

 「どうもー」

 と須賀が言った。ここは急遽引っ越した須賀のマンションのリビングである。場所は信貴山に近い新築のマンションの三階の一室だ。

 「小百合さんは何をしても上手やねえ」

 と中尾が言った。もうすっかり百合子さんに慣れたようだ。ニコニコしている。

 須賀の元のマンションを訪ねてから一週間が経過している。その間に俺は人目に付かなくて防音性の高い壁と床を備えたマンションか、一戸建ての借家を探した。三日掛けてやっとこのマンションが適当だろうと判断した。その後、ワゴン車をレンタルし、俺の部屋に運び込んでいた百合子さんの私物や、百合子さん本人を真夜中に移動させた。百合子さんには申し訳なかったが、荷物のように屈んで貰って、シーツを被せて台車に乗せて運んだ。元の須賀のマンションには防犯カメラはなかったが、ここにはしっかり付いているので仕方の無い措置だった。

 俺達三人は、リビングのテーブルを囲んで水炊きパーティーをしている。何のパーティーかと強いてお題を挙げるなら『引っ越し祝い』だろう。

 吉川寿々子の直接の死因は窒息死だ。検死解剖の結果、やはり脳溢血を起こして、意識を失っている間に気道が塞がって呼吸が出来なくなったらしい。警察は俺から事情聴取と、あの屋敷の検分を行った。

 俺は『赤い服の女の情報を得る為に取材範囲を広げて、偶然鍵の掛かっていない家を見つけ、ドア付近で異臭がしたから中に入った。そして吉川寿々子さんの遺体を見つけた』と言い通した。二階には上がって無い事を示す為に、二階で触った物の自分の指紋は全てハンカチで拭き取っていた。警察では寿々子さんの死因も確定したし、俺の証言に何の矛盾も無いので取り調べは全て終了した。ただ、遺体発見時の事は記事にして関西スポーツに送った。翌日、『八尾で孤独死!』の見出しと共にまた一面記事になった。

 その後、顔見知りになった刑事さんに取材目的で吉川寿々子さんの履歴を訊いたわけだ。

 吉川寿々子さんは日記をつけていなかった。写真もあの大きな部屋にあったものだけだ。でも百合子さんから色々と話を聞いておおよその事は分かった。

 生まれた時は普通の女の子だったそうだ。しかし、何か食べさせると嘔吐するようになった。医者に診せても原因は不明。でも何も食べさせないと元気を取り戻す。でもまた食べさせる。嘔吐する。絶食させる。元気になる。繰り返しで4年が経過した。その間、水だけは飲んでいた。病気だと思っていたので幼稚園には通わせていない。

 その頃から百合子さんの身体に異変が現れ始めた。皮膚が灰色っぽくなり、頭部の骨格が大きくなり、急に身長が伸び始めたのだ。

 娘を不憫に思った寿々子さんは、百合子さんに赤いお洒落なワンピースを着せて夜中にあの公園で何度も遊んだそうだ。

 徐々に何かに変化して行く娘。病院に連れて行ったら多分見世物になると判断し、寿々子さんは生涯を通して娘を隠す決断をする。

 百合子さんが5歳になった頃、寿々子さんの旦那さんが交通事故で亡くなる。幸いな事に、あの屋敷は建設業を営んでいた旦那さんの父親のもので、その父親は既に亡くなり、遺産相続を済ませていた。遺産金も結構あったようだ。そして寿々子さんはあの隠し部屋を作り、百合子さんを世間から匿い、生活してきたのである。

 しかし、今から二週間程前に寿々子さんが死亡してしまう。どうすれば良いのか、小百合さんには分からない。百合子さんは寿々子さんとの想い出の場所、夜中にあの公園に赤いワンピースを着て行き、母親を偲んでいた。そこを目撃され、写真に撮られ、ジョギング中の須賀と出会ったのである。

 「それにしても似てるなあ」

 とテレビの横に飾ってある写真立てを見て言った。その写真には、寿々子さんに抱かれたまだ1歳の百合子さん、そして旦那さんが写っている。旦那さんは須賀にとても似ている。

 「その人の名前は史郎って言うんです。史郎の『し』は『ふみ』と書く方です」

 と俺。

 「史郎? 吉川史郎…」

 「須賀さんの家系って『~郎』って付ける習慣があるそうですね」

 「うん。親父が次郎、爺ちゃんが義一郎やったなあ。もう亡くなったけど」

 「須賀さんのお父さんの叔父さんの息子の四男の名前が史郎ですよ」

 「は? いや、いくらなんでもそんな事は…。あ、なんか昔、色々あったって聞いた事が…」

 「須賀さんのお父さんとその叔父さんが喧嘩して、叔父さんが家を出て、子供が多かったんで四男を養子に出して、出した先が吉川家」

 「マ、マジで!?」

 「警察で吉川家の家系をちょっと教えて貰ったのと、須賀さんのお父さんに直接訊いたのとを合わせたら、遠縁にあたる事が分かりました」

 「…絶句していい?」

 と須賀は困った顔で言った。俺は、須賀が結構素っ頓狂なところがあると知った。

 「運命とちゃうか?」

 と中尾。缶ビールを飲んで続ける。

 「さらわれて、気が付いて、顔を見合わせた時に、何か色々感じたって言うてたやん」

 「うん。悲しい気持ちとか、自分に対する暖かな気持ちとか…。今思ってもあれは不思議な体験でしたわ。いっぺんに、全部分かったような気がして…」

 と須賀。

 「せやからタクシー乗り場で気が付いたって、言うたんやろ?」

 「ええ。百合子さんが自分のマンションまで運んでくれて、最初はビビりましたけど、すぐに気分が落ち着いて、話を聞いて、それで匿う事にしたんです」

 「どう思う? 加西ちゃん。何がどうなってんの?」

 と中尾は俺に答を求めた。俺は百合子さんの身体を失礼の無いように調べさせて貰っていたので、自分の考えを述べる事にした。幸いに、百合子さんは台所で水炊き用の野菜を拵えているところだ。

 「あくまで推測ですけど…、推測ですよ、百合子さんは人類の進化形の一つの形だと思います」

 「進化形?」

 「まず、百合子さんは水以外の摂取を行うと嘔吐する。身体が食物を受け付けない」

 「水だけやったら死にますやん」

 「普通は。身体の中で水分を体組織に変換しているとしか考えられない」

 「はー…。どうやって?」

 「何らかの方法で分子、じゃなくて原子変換して別の物質に変換しているのかも…。もっと良く調べたら何か分かると思いますけど、百合子さんの命の保証は出来ませんし、世間の見世物になるかも知れません」

 「あかんなあ、それは」

 「次に水から作られた身体ですが、人間の規格から大きく外れています。でも骨格や筋肉の付き方は人間と同じ。身長は270㎝はある。手足も長い。力も強く、中尾さんのハイキックをまとも受け手も平気。皮膚はゴムみたいで強い弾力がある。体内の事は分からないけど、脈がありません」

 「死んでるやん!」

 「いや、百合子さんの手首の血管を触らせて貰ったら、反発を感じました。血流はあるんです」

 「どういう事?」

 「心臓による血流ではない何か別の仕組みがあると思います。そうでないと、あの巨体を支えるパワーの説明がつきません。普通の人間の心臓だったら立っただけで貧血を起こしますよ。それと、百合子さんは自分の意思で眠れるんです」

 「眠くなって寝るわけやないんか?」

 「ええ。何時間眠って、何時に起きて、って事が出来るんです。最長で10日間は眠っていられるとか」

 「冬眠出来るやん」

 「その通りです。10日間眠り、水分補給してまた10日眠る。この繰り返しで半年ぐらい過ごした事があるそうです。百合子さんの勉強は寿々子さんがみてたそうなんですが、読み書きと算数、料理やその他の家事について教えたところで長い睡眠、と言うか休眠状態になりました。理由は、万が一自分が他人の目に触れてはいけない、と百合子さん自身が判断しての事です」

 「そりゃ見つかりにくくてええわな。…で、百合子さんって結局なんなん?」

 と中尾が小声で言った。須賀も心配そうに俺を見ている。

 「人間ですよ。巨人症とかじゃ無いですね。百合子さんの精神性は他の生物を食べなくても良いところから来ていると思います。水だけでいいわけですから。つまり、生物の食物連鎖から外れた事になります。それと、須賀さんに言葉ではなく、イメージで自分の気持ちや状況を示しました。これはテレパシーのようなものだと思います。SF用語で言えば『先行新人類』でしょうか」

 「せんこう…、何?」

 と須賀が訊いた。

 「先行新人類、です。次の世代の人類の先駆け、ですね。百合子さんのような人だけになれば、人間同士が争う事も無くなります。水さえあればいいわけですし。それに身体は頑強、熊より強いかも知れません。耐久力もかなりあるものと思われます。氷河期が来ても地下で冬眠すればやり過ごせます」

 「なんか、凄いねんなあ、百合子さんは…」

 と中尾が呟いた。

 「はーい、お野菜出来ましたよー」

 百合子さんが野菜が山盛りになった大皿を掲げるようにしてリビングに入って来て言った。そして野菜を鍋に入れ始めた。

 …なんだろ、この気持ちは? 百合子さんの外見に慣れた時から気持ちが穏やかになっている。これはやはり百合子さんの影響なのだろうか。

 関西スポーツで都市伝説の記事を担当する事になった時からSFやオカルトの勉強をした。ある程度の知識が無いと記事は書けない。その知識で百合子さんの解説を試みたけど、本当のところは全くの謎である。

 実は髪の毛等も調べさせて貰っていた。あの部屋に、亡くなった寿々子さん以外の人の痕跡が一切無かったと警察で聞いていたので不思議に思っていたのだ。本来なら、百合子さんの髪の毛や皮膚片や指紋があって然るべきだ。そして百合子さんの髪の毛が『抜けない』と分かった。しかもハサミでも『切れない』。思いっ切り引っ張ったら痛がったので止めたけど、頭骨から直接生えている感じがした。皮膚には角質層が無く、指には指紋が無い。本当に生物なのか疑問に思った。

 テレパシーなんかあるはずはない。とも思っていた。が、実際に百合子さんの気持ちがある程度分かる。推測しての理解、ではなく実際に気持ちを感じるのだ。須賀と出会ったのも偶然ではないだろう。血縁が引き寄せた運命、いや、百合子さんの希望だったのかも知れない。それだけ彼女のテレパシーは強く広く人に影響するとしたら…。

 百合子さんが20数年間も発見されなかったのも、彼女がそう願ったからでは? だとしたら人の気持ちを操作出来る事になる…。

 もし、俺の仮説が正しいのならば、いずれ現生人類は終焉の時を迎え、百合子さんと同類の新人類が地球の支配者になるのだろう。…いや、現生人類は新人類の管理下に置かれるかも知れない。己の為に自然を破壊し、他の生命体を食す現生人類は下等種として…。

 「この水炊き、マジ美味いっすね」

 と須賀が嬉しそうに白菜を口に運んで言った。俺は頷いて、鶏肉をポン酢に浸して食べ、缶ビールを飲んだ。美味い。

 ふと、ある考えが浮かんだ。本当に美味いと感じているのか? 百合子さんの願いが美味しいと感じさせているのではないか?

 …俺はどうして百合子さんの保護に動いたのだろう? 須賀はどうしてジョギングのコースを変えたのか? 中尾はすっかり百合子さんに慣れて親しみを感じている。そして俺達は彼女を守ろうとしている。

 「あー、美味しい」

 と百合子さんがミネラルウォーターのボトルに口を付けて言った。そして微笑んだ。

 …あれ? 俺は何を考えていたんだっけ? ま、どうでもいいか。と思った俺は少し寒気を覚えた。


第二話『赤い部屋』に続く。

赤い服の女 【2】

【2】

 八尾プロレス団体の本社は近鉄八尾駅のずっと北側にある。元は配送センターだった会社を買い取ったのだ。理由は、ネット通販の拡大でその配送センターが手狭になり、安く売り出されていたのと、プロレスのリングや機材やグッズやレスラーの移動の為、大型トラックやバスを常駐させるのに最適な大きさだったからだ。それまではレンタル駐車場を使っていたが、後々の事を鑑みると結局安くなるらしい。

 それと、配送センターの広い倉庫をリフォームして、屋内練習場として活用している。荷物を保管しておく為の冷暖房機や空調設備があり、快適な環境で練習に励める。以前はプレハブで夏はサウナ、冬はストーブを入れるけど寒い日にはいつまでも吐く息が白かったとか。暑いと余計なスタミナを消費するし、寒いと筋肉がほぐれきれずに怪我をしやすいのである。

 朝の9時30分頃に起きて、トーストとハムエッグとコーヒーで朝食をすませる。そして身支度を調えてマンションを出る。タクシーを拾う前に近くのコンビニで関西スポーツの朝刊を買った。

 「おおっ!」

 俺は一面を見て驚いた。『都市伝説は本当だった!? 赤い服の女、現る!?』との見出しで、須賀が女に立ち向かう写真が紙面を飾っている。帰りがけに撮った居酒屋金閣の破壊された自動ドアも。記事の内容は大体俺が書いたものだ。『巨大な赤い服の女、目撃者多数!!』『須賀選手、拉致され行方不明!?』との中記事も有り、編集が手直ししてかなり大袈裟になっている。

 スマホにメールが届いた。内容は『スクープ、おめでとう。引き続き八尾プロレスの取材を徹底するように』だ。言われなくてもするのを知って貰っているので詳細は省いてある。

 コンビニで関西スポーツ紙の残りを全部買って、タクシーで八尾プロレスに向かう。これらは八尾プロレスの関係者の分だ。

 八尾プロレスに着いた。いつもなら午前の練習時間だ。が、何台もの車、タクシーが敷地内に留まっている。車の中には大手の新聞社やテレビ局のもある。他にテレビ中継車もある。

 「むはは」

 思わず笑ってしまった。俺のスクープ記事を見てスポーツ新聞各社と、一般の新聞社とテレビ局が集合したようだ。目撃者のマスコミへの通報もあったのだろう。都市伝説の『赤い服の女』だけだったら絶対取り上げないだろうが、実際にあったとなれば話は別だ。特に赤い服の女に須賀選手が拉致された事実、は刑事事件に発展する可能性がある。

 俺は記者やカメラマン達の人垣をかき分けて前に行こうした。が、彼らは俺を睨み付けて動こうとしない。当たり前である。位置取りで喧嘩になる事もあるのだ。原則として『先に来た者勝ち』だが。

 「すみせーん! 関係者でーす!」

 と俺は関西スポーツ朝刊の束を振り回して、大声で叫んだ。

 「関係者?」

 「あ、関西スポーツの?」

 「当事者か!」

 「前出て、前!」

 と記者達が口々に言った。俺は『すみませんねえ』と言い、彼らの前に出た。

 「えっ!?」

 俺は驚いた。昨日から驚きっぱなしである。

 記者達の前には背広姿の社長の木村氏、同じく藤本選手、そして中尾が横に並んでいる…。え?

 「須賀さん!?」

 俺はまたまた驚いた。こんなに驚いて寿命に影響しないか、と少し案じた。

 中尾の横に八尾プロレス専属選手用のジャージを着た須賀が居るのである。すまなさそうな顔で。

 「須賀さん、あああ、あれからどうなったんですか?」

 と俺。結構動揺している。

 「あ、加西さん。いやー、面目ない」

 須賀は頭を掻いて、恥ずかしそうに言った。

 「何が面目ないんですか?」

 「金閣で気を失って、気が付いたら八尾駅のタクシー乗り場のベンチでした」

 「は?」

 「覚えて無いんですよ。あの後、女に叩かれた後、ベンチで横になっていて…」

 「怪我は?」

 「無いです。あ、自動ドアを壊した時の切り傷はありますけど」

 「いやいや、顔面叩かれて、頭、打ったでしょ? そっちは?」

 「うーん、痛みも残ってませんし…。咄嗟に受け身をとったみたいですね。ま、鍛えてますから」

 「流石、プロレスラーだ」

 「どうもですー」

 と須賀は笑顔で言った。もっと色々訊きたいので須賀に近寄ったら他社の記者達が俺を取り囲んだ。

 そして『一緒に居たんですよね?』『何があったんですか?』『他に写真はありますか?』『詳しく教えて下さい』『赤い服の女って実在するんですよね?』『関西スポーツの都市伝説って本当なんですか?』『記者が当事者って都合良すぎませんか?』等々、矢継ぎ早に質問して来た。皆さん、ICレコーダーを手に持っている。テレビカメラも向けられているし、写真も撮られまくっている。立場が逆なら俺も質問する側だから丁寧に答えようと思ったけど、これだけ大人数で一斉に質問されるとなんか腹が立つ。

 でも、俺の証言が『当事者である関西スポーツの記者によると』なんて他紙やテレビ放映されると新聞の部数も伸びるってものだ。ボーナスが出るかも知れない。我慢して答えようとしたその時、誰かが『敵対しているレスラー同士が飲み会って、プロレスは八百長ですよね! インチキですよね!』と怒鳴った。

 「はあっ?!」

 と俺。怒鳴ったのは大手の新聞社の若い記者だ。見知っているスポーツ新聞の記者達は『なんだコイツ?』と言う顔でその若い記者を睨んだ。他にも呆れた顔をしている記者も居る。

 ここでプロレスについて説明する訳にはいかない。時間が掛かり過ぎるからだ。何故か事情を知っているだろうテレビのインタビュアーも俺にマイクを向けて『インチキなんですか?』とニヤニヤ顔で質問して来た。ワイドショーでプロレスの特集でもしたいのだろうか。それも穿った見方の。

 はらわたが煮えくり返る思いをグッと我慢する。そして怒鳴った若い記者に自分の名刺を渡し、耳元で『後で教えてやる』と低い声で囁いた。すると彼は顎を引いて俺を見つめた。

 「まあまあ、皆さん!」

 と言ったのは社長の木村氏だ。

 「今日は万博公園での興行の準備がありますし、取材は一旦お開きにして貰えまへんか。こちらの記者さんも困ってはります。須賀選手はこれから警察に行って事情聴取ちゅうのを受けやなあきまへんし。それに知ってる事は全部話しました。お願いしますわー」

 木村氏は深々と頭を下げた。取材陣は一応納得したみたいで、各々散り始めた。何人かは須賀に同行して警察に行くようだ。俺は木村氏に『少しお話が』と言った。木村氏は『ええで』と答えた。



 「プロレス記事のデビューが一面トップやなんて、ついてまんなあ、ほんまにぃ」

 と事務所の応接室で木村氏が笑顔で俺に言った。ここは記者やテレビやスポンサー関係者との打ち合わせに使う為、結構広くて豪華である。

 応接テーブルに着いているのは俺と木村氏と藤本選手の三人だ。テーブルには、俺が持って来た関西スポーツの朝刊の束と、事務の女の人が運んでくれたコーヒーセットが三人分置いてある。なかなか美味いコーヒーだ。

 「ついていると言えば言えますけど、トラウマになりそうですよ」

 と俺。時間が経つにつれ、あの時には感じなかった恐怖が頭をもたげて来る。

 「ははは。まあええがな。お陰様で八尾プロレスも全国的に名が売れると思うし。結果オーライでええんちゃいまっか」

 「まあ、そうですね」

 と俺。赤い服の女事件については俺が一番良く知っているので、逆に木村氏に色々訊かれた。と言っても、中尾と須賀から既に聞いていて、新しい情報は提供出来なかった。

 須賀は取材陣が解散するとすぐに警察に出向いた。試合は午後6時から始まるから十分間に合うだろう。俺と中尾は既に警察であの出来事について知ってる限り証言しているし。須賀も同じ内容しか言えないはずだ。長時間拘束される事はないはずだ。

 当然予定されていたアメリカの総合格闘技トーナメント参加は見送りになった。その代わりになるべく早い時期に『極戦』に参加を申し込むそうだ。

 中尾は、若手レスラー達と興行資材を大型トラックに積み込む作業にあたっている。リングは組み立て式だ。興行用のリングは、鉄骨やロープやマットに分解して倉庫に保管してある。それをトラックで現地に運んで組み立てるわけだ。他にマイクや販売用グッズや、缶ビールが詰め込まれている大型保冷庫や、これまた大きなスピーカーや照明器具やディーゼル発電機等も乗せる。

 演出用の紙吹雪が吹き上がる花火等もある。他に、会場の周囲に設置するブルーシートや、シートを支えるアルミパイプもある。これはタダ観を防ぐ為のものだ。

 最も多いのはパイプ椅子である。チケット分は絶対必要なので、観客席の無い野外の興行では500席のパイプ椅子と、アナウンスや実況用の長テーブルやテントも運ぶ。他に事務用品のレンタル業者からもう500席借りる。これで1000席が用意出来る。が、それでも大勢の立ち見が出るのが八尾プロレスの興行である。

 これらの物品の搬送は主に中尾と、河内極悪連合の二番手を務める永井真治選手があれこれと担当している。永井選手は藤本選手や木村氏と学生プロレス時代から一緒に頑張ってきた人だ。身長180㎝、体重136㎏で藤本選手と同い年だ。一見すると大きなデブなのだが、実力は藤本選手に匹敵するらしい。ただ、悪役にしか見えない風貌をしているので、学生プロレス時代からずーっとヒール役である。

 ちなみに、リングアナウンサーは大阪の芸能プロダクション『加納総合エンタープライズ』から男性のナレーター、城川光彦氏を雇っている。引き抜かないのは芸能関係者とのコネを考慮しているからだ。ラウンドガールを起用する場合や、試合前の余興でプロレスラーのテーマを生演奏したりする場合があれば電話一本で用意してくれる。それとテレビ放送の無い時の会場に流れる実況アナウンスも彼の担当だ。

 またグッズ販売とリングは主に木村氏の担当である。城川氏も業務外提携契約をしていて、木村氏の手伝いをする。

 レフリーは井筒三郎氏で、トレーナーもやっている。彼は総合格闘技の道場『井筒道場』の主であり、今年で54歳だ。元はアマチュアレスラーで、レスラー並みの体躯をしている。レフリーはよく試合の流れで巻き込まれてぶっ飛ばされたり、気を失ったりと色々あるので受け身はお手の物だ。また、関節技が決まりそうだったり、選手が危険な状況にあれば試合の流れを変える権限を持っている。本当に痛がっているのか演技なのか見極める眼力が無いと務まらないのがレフリーなのである。須賀が総合格闘技の習得に通っているのが彼の道場である。井筒氏は梶本氏との打ち合わせが多いので、道場の方は殆ど息子さんに任せているそうだ。

 「それより、これからのマスコミ対応はどうします? なんか勘違いしてるヤツとか居ますし、変な報道されたりするかも知れません」

 と俺。

 「大丈夫や。明日の午前中のスパーリングのテレビ取材を受ける事にした。それにテレビで放映されたのも合わせて編集してもらう。ほんで、どこが真剣勝負なのか分かってもらうつもりや」

 「なるほど。鍛えに鍛えた身体や技を披露して、全力で攻撃し、全力で受ける、という事を説明するんですね」

 「そういう事やね。この際やから、プロレスはエンターテインメントショーやと公表するつもりや」

 「…大丈夫ですか?」

 俺は心配して言った。ファンや大人はともかく、子供達の夢を壊す事になりはしないだろうか。

 「以前から木村君と話し合っていたんだ」

 と藤本選手が言った。彼は大阪市大正区生まれの大正区育ちだ。が、雰囲気的に標準語が似合うと判断した梶本氏の指導で、普段から標準語を使うようにしている。でも試合でエキサイトすると『われ! なめとんかー!』等と関西弁が出るけど。

 それにしても藤本選手はいつ見てもカッコいい。男でも惚れ惚れする。190センチの巨体に広い肩幅、髪型はオールバックだ。いい男っぷりである。

 「何を、ですか?」

 と俺。

 「従来のプロレスはグレーゾーンがあり過ぎて、ファンに要らぬ誤解を与えていた。ヒールレスラーに生卵を投げ付けたり、路上で喧嘩を売られたり、自宅に押し掛けたりと、色々あった。でもショーであると知れ渡れば『そう言う立場なんだ』と分かって貰える。まあ、大体のファンは理解してくれているけどね」

 「ですね」

 「ま、グレーゾーンもプロレスの魅力とも言えるが、その結果がプロレス界全体の衰退を招いた、と私も社長も判断した。大手のプロレス団体は分裂、集合を繰り返し、結局テレビ放送もゴールデンから深夜枠に移動させられてしまった。テレビや一般の新聞に『胡散臭いモノ』と認識されたわけだ。そこで私と社長は、プロレスラーは本当に強い事を証明する為に総合格闘技に参戦し、ショーとしてのレベルを上げる為に梶本さんを演出に加えたわけだ」

 「なるほど…。と言う事は、株式の上場ですか?」

 「そうなんだ。現状でのチケットやグッズ販売、スポンサーによる広告収入だけでは八尾プロレスはローカルの域から出られない。テレビの定期放送が決まったけど、それも大阪ローカルだ。全国展開する為には株式の上場を行い、資本を集めないといけない」

 「そう来ましたか…」

 「既にグッズ製作会社を買収している。と言っても、Tシャツやポスターやパンフレットや歯ブラシ等、色々と製作して供給してくれる東大阪の小さな会社と下請けの町工場だけどね。これでグッズの品切れは心配しなくて良くなった。缶ビールの会社とは提携して、関西限定の『プロレスビール』を売り出す予定だ」

 その缶ビールには藤本選手や中尾や須賀の写真が使われるんだろうなあ、と俺は想像した。

 「私も、もう37歳だ。体力には自信があるけど、ハードな試合は後5年が限度だろう。その間に是非とも八尾プロレスの基盤を作り上げたいんだ」

 と藤本選手。プロレスラーの選手寿命は長いが、藤本選手のファイトスタイルは『ハイスピード・ストロングスタイル』だ。年間300試合近くもこのスタイルを貫き通している。多分、40歳過ぎ頃から試合数を減らして、全国規模となった八尾プロレスで引退興行を行いたいのだろう、と思う。

 「他の団体は?」

 と俺は藤本選手に訊いた。

 「大阪を中心に活動している二つの団体と交渉している。八尾プロレスの興行規模と、テレビのレギュラー放送があるから向こうも乗り気らしい。それと東京の『スーパー・ジャパン・プロレス』も買収予定だ」

 「えっ!? 最大手のメジャー団体じゃないですか!」

 スーパー・ジャパン・プロレスとは、普段は略してSJPと呼んでいる、キー局にレギュラー放送を持つ日本最大のプロレス団体である。数々のスーパースターや、レジェンドと呼ばれる偉大なレスラーを輩出した歴史のある名門団体だ。しかし、このご時世だ。レギュラー放送も深夜枠に移行し、以前のような全国レベルでの人気は失せてしまっている。それでも人気も知名度も高い。関西スポーツでも必ずSJPの試合は扱っている。

 「出来るんですか?」

 と俺。

 「あそこは株式を公開してないから、地道に株主と交渉するしかない。だけど、まあ、なんとかなると思うよ。加西君も宜しく頼むよ」

 と藤本選手はニヤッと笑って言った。こりゃSJPの選手を引き抜くつもりだ。多分5人ぐらいまとめて。プロレスラーも人間である。高額のギャラを提示されれば心が動くものだ。でもこの辺りの事は上手く記事にして、ファンの夢を壊さないようにしなければ。

 それにしても木村氏の営業手腕は凄い。実家が資産家だと聞いていたけど、八尾プロレスの価値を上げ、企業買収をし、銀行の信用を得て、株式上場とは生半可な人間に出来る事ではない。しかもアイデアマンだし、元プロレスラーだ。引退しても身体は鍛えているのでまるで筋肉達磨みたいだ。関係無いか。

 その時、応接室のドアが開き、梶本氏が入って来た。手に何か赤い布のようなものを持っている。

 「出来ましたでー! 赤い服ー!」

 と梶本氏。そして手にしていた布を広げてみせた。それは大きくて真っ赤なワンピースだった。

 「どうするんですか、それ」

 俺は思わず立ち上がって訊いてしまった。

 「中尾君に着させる。それで須賀君と戦うわけや」

 「マジっすか?」

 「マジマジ! 加西さんトコ以外のスポーツ新聞も来るって言うてるし、民放のテレビカメラも入るそうやから、これはオモロイでー!」

 「演出の方は?」

 「向こうで指示するわ。中尾君はこれをビリビリに破かれてピンチになるけど、布切れで須賀君の首を絞めんねや。そやから破れやすいようにしといた。そこを藤本君が救助! 最後は歯ブラシで中尾君が決めポーズ!」

 「はあ…」

 俺は梶本氏の話題性の取り込みの速さに呆れた。が、木村氏も藤本選手も『なるほど』と言った顔をしている。もう頭の中で試合の展開を考えているのだろう。

 俺は梶本氏が広げて見せている赤いワンピースの写真を撮らせて貰い、みんなに礼を告げて事務所から引き揚げた。一体、どんな試合になるのだろう? 想像するとワクワクしてきた。



 「どうもありがとうございましたー」

 と俺は言ってドアを閉めた。昼過ぎからあの公園の近くの公営団地の部屋を適当に回って取材しているのである。赤い服の女事件はこの辺り一帯では噂を通り越して、恐怖の話題になっていた。警察に捜査依頼をした人も居る。マスコミも大勢来たそうで『また取材でっか』と二回言われた。夜中に赤い服の女の写真を撮った大学生は『あ、あれ、ほほほ、本物だったんですね!』と喜び怯えていた。多分、既に公園や付近の民家もマスコミ勢が取材しているだろう。

 「ふむ…」

 公園やその周辺を取材しても収穫は無い、と思う。俺はタブレットPCで公園付近の民家を調べた。公園の周囲は産廃置き場があるので民家は少ない。半径5㎞から10㎞まで広げる。やはり点在している。元々宅地ではないのでインフラ整備が遅れているし、土地は安いが交通の便は悪いから、ガレージ付きの大きな家が多いようだ。

 大学生の写真を見直して、赤い服の女が公園の何処に立っていたかを確定する。そして付近の地形を頭の中に描く。とすると…。

 「自転車に乗ってくりゃ良かったな…」

 と俺は呟いた。



 3時間歩き、6軒の家を訪問した。少しくたびれた。赤い服の女の事を取材したわけではない。近所に『最近、見掛けない人っていますか?』という質問をして回ったのだ。

 変な質問をする人だ、と思われる前に『自分は記者でして、この辺りで起きた失踪事件を追ってるんです』と告げた。中には赤い服の女の事か、と訊いて来た人も居た。もう昼のワイドショーで取り上げられているそうである。

 そして6軒目にやっと『そう言えば、吉川のおばちゃん、見ないわねえ』と言う言葉を得た。

 「吉川のおばちゃん?」

 俺は豪邸とも呼べる玄関口で、インターホンに向かって言った。インターホンにカメラが付いているので俺の姿は丸見えだろう。

 『玄関から左に行った道の、えー、川を越えた林の中の家。よしかわすずこって言うの。すずこは寿に同じに子供の子ね。よしかわは、吉凶の吉に三本線の川や』

 「はい。吉川寿々子さん、ですね。お幾つですかねえ?」

 『今年で52歳やったと思うわ。元気な人やねんけど、ちょっと心配してたんよねえ』

 「心配とは?」

 『もう一ヶ月ぐらい会うてへんねん。週に一回は買い物ついでにうちに寄って、お土産くれるええ人やねん』

 「買い物は車で、ですか?」

 『そうや。うちも忙しいから会に行かれへんねんわあ。あんた、ちょっと見て来てくれるぅ?』

 「あ、はい。今から伺いに行きます」

 『ほな、頼むでぇ』

 と豪邸の奥方らしきおばさんは言った。関西のおばさんは元気で話がしやすい。俺はおばさんに言われた方へ歩き出した。



 高校らしき学校と、国道に挟まれた林の奥にその家はあった。周囲の道は舗装されていない。雨が降るとぬかるむような道だ。隣の家とはかなり離れている。

 家は、いや、屋敷と言っていいだろう。コンクリート造りのモダンな佇まいで、大きな門から玄関までは結構距離があり、その間に軽四の車が一台停められている。庭には手入れされた木が何本もあり、植木鉢が並んでいる。植木鉢には色とりどりの花が咲いている。俺は門のインターホンを押した。

 …反応が無い。二度、三度と押す。少し待って、中の様子を窺う。何の気配も無い。

 辺りを見回す。誰も居ない。遠くから国道を走るトラックの音が聞こえて来た。

 門を押してみた。するとギーと音がして、開いた。出入り口の方は鍵が掛かっていて開かない。

 「お邪魔しまーす」

 と言い、俺は屋敷の敷地に門から入った。

 屋敷は築40年ぐらいだろうか。古いが、しっかりした造りだ。

 玄関のドアノブを握る。くるりと回った。そしてドアを開ける。

 「あのー、吉川さん?」

 俺はドアの奥の暗闇に向かって言った。静まり返っている。

 嫌な感じがする。それに微かに妙な匂いも。なんか、帰りたくなってきた。

 俺は靴を脱いで廊下に上がった。そして近くの部屋のドアから開けていった。

 居間のドアを開けた。和風で、畳敷きで、テレビとテーブルがある。

 そこに一人の人間が居た。小太りで、テーブルに突っ伏して、顔を向こう側に向けている。

 「うっ!?」

 腐臭が鼻を突いた。その人間が着ているのは浴衣だ。髪は長く、所々に白髪がある。右手でテレビのリモコンを握っている。

 そーっと居間に入り、その人間の顔を覗き込んだ。目は閉じている。でも目と鼻と口から何か液体のようなものが流れた跡がある。顔色は土気色だ。

 小太りに見えたのは、内蔵が膨れているからだと分かった。腐敗が進んでいるようだ。死後、一週間ぐらいか…。

 この人が吉川寿々子さんなのだろう。初めて死体を見るけど、不思議に怖くは無かった。気持ちはやや悪い。後々トラウマになるかも知れない。

 写真を撮ろうか迷ったが、後々の事を考えるとヤバそうなので止めた。俺は遺体に手を合わせてから他の部屋を調べた。

 一階は台所や寝室や空き部屋だけだ。美術品が飾られている部屋もあった。二階は物置に使われているようだ。

 「ここは…?」

 ドアがあったので開けたら洋式の水洗トイレだった。広めだが、ごく普通のトイレだ。

 「ん…?」

 トイレの外の、廊下の行き止まり壁の隅に、僅かな隙間があった。押したら回転ドアのようにクルリと回った。

 その奥に大きなドアがあった。そのドアを開ける。

 そこは天井の高い広い部屋だった。壁際に赤いワンピースが何着も掛けられている。他に継ぎ足されたジャージもある。ベッドは無く、毛布が何枚も床に散乱している。

 部屋の中には他に、化粧棚、タンス、テレビ、室内電話、勉強机、ラジオ等があった。勉強机には何故か椅子が無かった。

 化粧棚に写真立てがあり、俺はそれを手に取った。

 「そうか…」

 俺は写真を見て呟いた。後はどう行動するか、である。

 急がなくてはならない。時間は限られている。俺は背広の内ポケットからハンカチを取り出して段取りを考えた。

 今度は背広の上着からスマホを手に取る。そして会社に連絡を入れた。

【3】に続く。
このエントリーのタグ: 武澤信幸 連載小説 怪談 プロレス

赤い服の女 【1】

 プロレスはショーである。

 昔は格闘技だと誤解されていたらしい。だから『プロレスなんて八百長だ』と主張する人も多かったそうだ。でも現在では総合格闘技が所謂『ガチンコ試合』と認知され、プロレスがショーである事が広く知れ渡っている。プロレスラー同士のマジの喧嘩試合は『セメント』と言い、いつでも止められるよう他のレスラー達がリングサイドに集まる。以前は結構あったらしいが、最近は見ない。これも時代なのだろう。

 プロレスの試合は『勝ち負け』が予め決められている。何故ならば、年間300試合近くもこなすのに勝敗や試合の流れを決めておかなければ身体が持たないからだ。

 アメリカの大手プロレス団体は『我が社で興業を行っているプロレスリングとはエンターテインメント・ショーである』と明言して株式を上々し、資金を集め、巨大企業に成長した。ちなみに、企業が株式を上場するにあたっては『商品の説明』つまり業務内容の説明が必要なのである。

 試合も演出家が細かく指示を行う。年間を通しての流れも脚本家が設定する。お客さんに楽しんで貰えるよう、ヒーロー役のトップレスラーが突然極悪レスラーになったり、悪玉軍団を結成したり、と様々な趣向を凝らす。

 練習時に『そこでロープに振ってラリアット! トップロープに昇ってボディプレス! が、避けられて自爆! そしてバックドロップ!』とリングサイドで具体的に指導する。『そこはダメージがあるフリをして! もっと痛そうな顔をして! それと決めポーズ!』なんて演出も入る。

 そう、プロレスラーは役者なのだ。試合を重ねる度に個性と演技が磨かれてゆく。トップクラスのプロレスラーはテレビドラマやハリウッド映画に出演する事も多い。

 だからと言ってプロレスラーが『弱い』わけでは無い。身体を鍛えに鍛え、頑健な肉体を作り上げる。相手の技を思いっ切り受けても、コーナーの上から転げ落ちてもすぐに回復する力を身に付ける。勿論、何度も練習して受け身をとるが。また、総合格闘技でも活躍しているレスラーもいる。関節をどこまで極めれば怪我に繋がるか、なんて事を知っておかないといけないので格闘技を熟知しているのだ。

 日本の場合は、古くは日本人レスラーが外人レスラーをやっつけるパターンが主流だった。その後、日本人レスラー同士の抗争がメインとなるようになった。基本的には試合の流れと勝敗を決め、後は練習通りにして、アドリブを交える感じだ。

 「加西ちゃーん。今日はありがとねー」

 と八尾プロレス団体の所属レスラー、中尾剛が言った。場所は近鉄八尾駅前に程近い居酒屋『金閣』である。時刻は夜の8時過ぎ。一階の角にある掘り炬燵式のテーブルに着いて、俺は中尾と向かい合わせに座り、生ビールを飲んでいた。テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。

 俺の脇には仕事道具を詰め込んだ革鞄が置いてある。中身は高性能デジカメ二台、ICレコーダーを一つ、タブレット型PC一台、後はメモ帳や筆記用具だ。胸ポケットにも薄型のデジカメを入れている。Wi-Fi電波が飛んでなくてもスマホがあればネット通信が出来るので、現場で記事を書いてすぐに送れる。便利な世の中になったものである。

 「いやー、呼んで下ってこちらこそー、ですよ」

 と俺は言い、生中を呷った。美味い。平日、水曜日だけど客は結構多く、さっきまで中尾を見つけたファンが何人もやって来てスマホ撮影とサイン攻めにあっていた。それもやっと落ち着いたところだ。

 「でも良かったねー。記事、書けるんでしょ?」

 と中尾は人懐っこい笑顔で言った。身長185㎝、体重125㎏の巨体で、その肉体は研ぎ澄まされた筋肉の塊みたいだ。髪は茶髪で、サイドを刈り上げている。今夜は地味な緑色のセーターにスラックスという格好だ。俺は仕事着でもある黒い背広に青いネクタイである。

 中尾は生真面目で、何につけても優しい。歳は今年で30だ。俺は28歳。中尾は俺の事は『加西ちゃん』と呼んでタメ口で話してくれる。俺は敬語を通している。一度『タメでいいじゃん』と言われたけど、取材相手にタメ口は使えないのである。年上だし。

 彼は岸和田生まれの岸和田育ちだ。子供の頃からプロレスラーに憧れていて、八尾プロレスに入団。デビューしてからずっとベビーフェイス、つまりヒーロー側でやってきたが、去年八尾プロレスのトップレスラー藤本良治に喧嘩を売る形でヒールに転向した。その後『河内悪党連合』を名乗り、次々に部下レスラーを引き入れ、トップヒールレスラーとして大活躍している。勿論、これは中尾を売り出す為の演出である。

 中尾にサインを求めたファンも『実は優しい人』だと知っているので恐がったりしない。それに中尾もニコニコ顔で丁寧な対応をする。リングに立つ中尾はまるで悪鬼羅刹のような試合をするが。

 「うん。お陰様ですよ、ホントに。八尾プロレスさんにはお世話になりましたからねー」

 俺は関西スポーツ新聞の記者をしている。まだ入社して一年と少しの新人だ。中尾がヒールに転向した頃に八尾プロレス番記者としての仕事を宛がわれた。と言っても、先輩記者のお供や雑用をしてプロレスについて学んでいたのである。

 プロレスは来てくれたお客さんを楽しませるのが仕事である。また、夢を売る商売でもある。良い記事を書く為には想像が膨らむ『物語』が頭に無いといけない。それと、予め団体の方針や演出を知っておく必要もある。例えば『いつ誰が誰に喧嘩を吹っ掛け、抗争が始まるか』等だ。そんな情報があれば前もって全然違う方向の記事を書き『なんと! ○○が軍団結成!?』と言うようなショッキングな記事が書ける。

 しかし、裏側は絶対に書いてはいけない。日本全国には多数のプロレス団体があり、ギャラや役割に不満を持っているレスラーの引き抜きや移籍が頻繁に起こる。これらも実際の事情は伏せて、因縁話や物語に仕立て上げなければならないのである。

 「加西ちゃん、最近の俺、どう?」

 と中尾がなんとも大雑把な質問をした。

 「良いと思いますよ」

 と俺。記者という立場上、あまり詳しくあーだこーだとは言わない事にしている。それに中尾のヒールっぷりは益々エスカレートしているから何も問題は無い、と思う。

 「凶器にさあ、歯ブラシ使うってのはどうかなあって思うんやけど」

 最近の中尾は衣装に柄の先を尖らせた歯ブラシを忍び込ませ、それで対戦相手の額をぶっ刺して流血させるという反則で客を湧かせている。最初そこ『歯ブラシぃ?』とみんな思ったけど、その後に相手の血で歯を磨くパフォーマンスをしてウケまくっている。

 「心配しなくていいですよ。ウケているんですから」

 「アレ、実際に血で歯磨きするから気持ち悪くてさあ」

 「そこがいいんですよ。血に染まった口元が不気味で。それとマイクパフォーマンスの時に『みんなー! 帰ったら歯ぁ磨けよー!』ってやるでしょ? 毎回大爆笑ですし」

 「そうかそうか」

 中尾は笑顔で安心したように何度も頷いた。彼は心配性なのでたまに俺にこんな確認を求めてくる。俺にとっては信頼の証だと感じているので相談されると嬉しくなる。

 ヒールに転向する際に、中尾は神戸の劇団に通って演技を習うことになった。俺も何度か練習を見学させて貰った事がある。

 根が優しい中尾は、初めは『悪役』に戸惑っていたけどすぐに慣れて演じる事を楽しむようになった。また、マイクパフォーマンスやテレビでのインタビューに備えて滑舌の練習も行っている。

 八尾プロレス団体は今から15年前、学生プロレスをやっていた今の社長の木村譲氏と藤本選手が大学在学中に設立した。設立当初は所詮はアマチュアプロレスだと言われてお客さんも全然入らなかったそうだ。所属選手はみんな大学生だから当たり前である。

 しかし、藤本選手が練習を重ね、身体を作り上げて行くにつれてファンが増えて行った。彼は滅多にお目に掛れない強烈な『カリスマ性』を持っていたのである。

 カリスマ性と言うのは、具体的に何がどうなのか表現し辛いが、華があると言うか、彼には何とも言えない魅力があるのだ。『ヒーロー性』と言ってもいい。そんな藤本選手に憧れて練習生も多数入団するようになった。そして10年ぐらい前から他団体のリングに招かれるようになり、知名度も上がり、練習生もデビューするようになった。中尾もこの時分にデビューしている。

 八尾プロレスが大きく飛躍したのは4年前からだ。木村氏が選手を引退し、社長として団体経営に専念する事になった。そして梶本明氏を雇った。

 梶本氏は元々俳優をしていて、裏方の仕事もこなしていたそうだ。40歳の時に俳優を引退し、家業の自転車屋を継いで、その傍らで舞台劇団で演出家として指導していた。中尾が通っていたのは梶本氏が紹介した劇団である。

 たまたま梶本氏演出脚本の舞台を観た木村社長が『これだ!』と閃いたそうだ。舞台の内容がプロレスをテーマにした青春物語で、笑いあり涙あり爆笑ありで凄く良かったとか。そして木村氏は梶本氏に八尾プロレス専属脚本、演出家にならないか、と打診。梶本氏は家業の自転車屋が本業なので最初は断った。が、木村氏の熱意と高給条件に負け、自転車屋を廃業し、八尾プロレスに入った。

 その効果はすぐに現れた。数ヶ月後には大阪のローカルテレビ局で取り上げられ、その後に月一の深夜放送が決まった。現在では夜の10時枠に昇格し、今年の秋からは週一のレギュラー放送になる予定だ。

 「…須賀さん、遅いですねえ」

 と俺は壁にある柱時計を見て言った。もう8時30分である。今日の集まりは須賀五郎選手のアメリカデビューの壮行会である。他の選手や関係者とはもう済ませており、俺が他の取材で参加出来なかったので中尾がわざわざセッティングしてくれたのだ。

 須賀は年齢28歳、身長180㎝、体重は94㎏の若手のホープだ。八尾プロレスには大柄な選手が多く、それが人気を支えている面もある。須賀はまだジュニア・ヘビー級だが将来的には体重を増やしてヘビー級に転向するそうだ。現在の立場は藤本選手の片腕的存在で、正統派ストロングスタイルでヒールを追い込むパターンが多い。当然、試合では主に負け役である。

 その須賀のアメリカデビューというのは、プロレスではなく総合格闘技である。日本でも『極戦』という大会に出場しており、連戦連勝で負け知らずだ。須賀を一言で言うと『ガチでムッチャ強い奴』である。

 中学の時からウエイトリフティングを始め身体を作り、高校時代にはレスリングやボクシングや空手を習熟した。プロレスラーとしてのキャリアは5年程だが、天性のセンスがあり、試合内容もハードで実に堂々としている。ファンはそんな彼の実力を認めており、須賀は総合格闘技のスタイルをプロレスの試合に取り入れている。アメリカのトーナメントの大会に出て、勝って箔を付けて中尾と個人的な抗争を繰り広げる予定だとか。

 しかし、総合格闘技に絶対は無い。格闘技は『強い方が勝つ』という単純な法則があるのだが、どんな相手に当たるか分かってない以上、勝敗の行方は分からない。勝てば更に強い『ストロングレスラー』としてそのまま藤本選手側で試合を行う。が、負ければ藤本選手の信頼を失った、と言う筋書きで謀反を起こし、河内極悪連合の一員として藤本選手と戦う事になる。どう転んでもプラスになるので会社が了承し、快く送り出す事になったわけだ。

 「…ちょっと訊きたい事、あんねんけど?」

 と中尾。彼は岸和田出身なのでほぼ関西弁で話す。河内弁とは微妙に違うらしいが俺には分からない。俺は高校まで東京で過ごしていたから標準語、もとい、関東弁を使う。

 「はい?」

 「加西ちゃん、都市伝説の記事書いてるっしょ?」

 「うん」

 「アレって、現場に取材に行くのん?」

 「写真が要りますからねえ。インパクトが違ってきますから」

 「ずーっと読んでるけど、マジなもんなんか?」

 中尾は眉尻を下げて言った。彼はかなりの恐がりである。

 関西スポーツ新聞は主に近畿圏で発行されている。本社は東京で、東京では新聞の名称が関東スポーツとなる。

 記事には大まかなランクがある。野球やサッカー等のメジャースポーツがメインで、次がプロレスやボクシング等の格闘技。芸能人のゴシップ記事は他社の後追いが多いが、スクープを取ればボーナスが出る。他に競馬、競輪、オートレース等の公営ギャンブルのデータや結果の掲載。経済は株価や為替のデータ掲載と、評論家の解説。政治も扱うけど、この辺はスキャンダラスな事以外はサラッと流す。関西スポーツはあくまで娯楽新聞なのだ。

 他にアダルト小説、アダルトイラスト、アダルト漫画や『パチンコ・パチスロ日記』『今日の100円ショップ』『オススメのエロい本』『アソコのお悩み相談』等のミニコーナーも多々ある。通勤中のサラリーマンを飽きさせない工夫だ。

 事件記事は特殊で、殺人や大きな事故が発生した場合、警察の発表を元に事件や事故を追い掛ける場合がある。担当するのは大阪府警の記者クラブ所属の番記者と、俺のようにある程度時間の取れる者が番記者と共に取材を行うのである。と言っても、話題性の希釈化と共に終了する場合が多いが。

 で、新人は先輩に付いてプロレス団体や野球やサッカーの関係者に顔見せして覚えて貰うのが最初の仕事となる。知って貰って『また君か』と言われるぐらいにならないと良い記事が書けない、と言われた。実際、その通りだと実感している。後は記事の書き方の勉強だ。

 俺の場合は八尾プロレス番をしながら練習を兼ねて半年前から『本当にある都市伝説』というコーナーを任される事になった。毒にも薬にもならない内容であるが、実際に現地に行って取材もするので新人の練習には適していると言える。紙面でも都市伝説や、心霊、UFO、UMA、怪奇現象、怪談、幽霊の出る廃墟等の情報を募集していて、採用されたら情報提供料を支払う事になっているのでネタには困らない。

 ただ、月曜日と火曜日の二日間で、月~金曜日までの五日間分の記事を仕上げなければならないので結構忙しい。一日で3カ所の取材先を決めて、二日で六つ記事を書く。一つ余るけどこれは予備用である。3カ所も廻れない時もあったり、取材が長引く時もある。八尾プロレスの興行の取材に行く時もあるし。そして取材先の近くにある喫茶店等で、タブレットパソコンで記事を書いて写真と一緒に会社に送る。すると、会社の担当者が自動記事編成ソフトに掛け、その後に編集が校正、添削する仕組みだ。水木金はプロレス番と野球やサッカーの同行取材や、その他諸々の雑用だ。だからかなり忙しい日々を送っている。土曜日だけは自宅で休めるけど、日曜日は会社で様々な打ち合わせをしたりする。そしてやっとプロレス記事、八尾プロレス専門になるけど、を書かせて貰えるようになったわけだ。これで『本当にある都市伝説』は週3回の連載となる。掲載予定曜日はまだ未定だ。

 「うーん、心霊写真やUFO写真は画像解析なんかしないし、そのまま『恐怖の心霊写真』とか『生駒山上空に出たこの光る物体の正体は?!』なんて題にして、一応現地には行くけど何か新しい情報が得られる事は滅多に無いですねえ」

 俺はまた生中のジョッキを持ってビールを一口飲んだ。

 「…滅多に?」

 と中尾。不安そうな顔をしている。

 「心霊写真の場合、何件か因縁話のようなものがありましたよ。近くの神社で首吊った女の人そっくりだとか。UFOも撮影者以外の目撃者も居た事がありましたねえ」

 「ゆ、UFOは別にええけど、その心霊写真、あ、思い出した、アレだ、凄く怖い写真やった、の話はマジ…?」

 「マジ。でも読者にとってはマジでもウソでも関係無いです。面白いかどうかですから。ただ、やっぱりマジもんの回は反応が良くて。記事や写真にどこかリアルを感じるようですね」

 「あのさあのさ『赤い服の女』って奴、昨日の記事、あれって八尾駅の近くなんやろ?」

 「ああ、あれですか…」

 と俺は呟くように言った。別に中尾を恐がらせるつもりは無かったが、彼は目を見開いている。

 「建て替えが済んだ公営団地の向こう側にある、産廃置き場近くの草ぼうぼうの公園なんですが、夜中に赤い服を着た女が立っている、という投稿がありましてね」

 「うんうん」

 「そしたら4件続けて同じような投稿が来て、全部その公園なんです」

 「あああ、赤い服を着た女が夜中に立ってる…?」

 「ええ。…実は、写真も送られてきましてね」

 「写真! 心霊写真!?」

 「見ます?」

 「あるのー!?」

 「ありますよ」

 俺は鞄からタブレットPCを取り出して、読者投稿写真のフォルダーを開いた。その中から『赤い服の女』の写真を表示して、中尾に見せた。

 「うおっ!」

 中尾はその写真を見て仰け反った。その写真には、いかにも手入れされていない夜の公園を背景に、赤いワンピースを着た女の姿がハッキリと写し出されていた。しかも、首から下だけである。手足は薄ぼんやりとしている。

 「こ、これ、本物?」

 と中尾。

 「普通の心霊写真、って何が普通か定義出来ないんですけど、と違って写り方が自然なんですよねえ。公園には常夜灯が一つだけあって、と言うか残っていて、その光に照らされているように見えまよね」

 「見える見える」

 「この写真を撮った人は『夜中の公園に赤い服の女が出る』って噂を聞いて、デジカメを持って、常夜灯の下に午前2時に行ったら、何か気配を感じて振り向いたら後ろに立っていて、慌てて撮って、一目散に逃げたそうです」

 「うそー!」

 「その時に『おかあさん』って声が聞こえたそうです」

 「ひー!」

 「一昨日、取材に行きました」

 「しゃ、写真、撮った人に?」

 「大学生の男性なんですが、公園の近くの公営団地に住んでて、かなり噂が広まってるとか」

 「うわー…」

 「でもねえ…」

 「なにが『でもねえ』なんー?!」

 俺は恐がってる中尾を見て笑いを堪えた。今度、八尾プロレスの飲み会があったら怪談話をしてやろう。

 「これ、デジカメで撮ってるんですよ。結構性能の良い、手振れ補正付きの。写真って光学現象を捉えるんですよね。だから実際に『そこに居た』としか思えないわけで」

 「インチキやないのー?」

 「CG合成とかじゃないです。撮影した本人のデジカメに保存されている写真も確認しました」

 「じゃあ、本物の幽霊…」

 「うーん、幽霊かどうかそれは分からないですけど、この赤い服の女が居たとしか考えられないですね」

 「うわー…」

 「でも変なんです」

 「なにがー!」

 「縮尺」

 「しゅく、しゃくぅ!!!」

 「中尾さん。何に驚いてるか、自覚あります?」

 「あ、いや、続けて続けて」

 「女性に見えますよね。赤いワンピースを着た」

 「うん」

 「背景と女性の大きさの比率が変なんです。公園の柵があるでしょ? これって自分の腰ぐらいの高さなんです」

 「行ったの?」

 「取材した時に現場確認してます。でもこの写真では、どう見ても女性の膝の辺りにあるんですよねえ」

 「あ、確かに…」

 「腕も足も細く見えるのに、近くの木と比べるとそうでもないんです。肌も灰色ですし。血管も浮いてますし」

 俺は写真を拡大して中尾に見せた。

 「うわあ! キモいー!」

 「僕も午前2時に行って写真撮ろうかと」

 「勇気あるなあ、加西ちゃんは」

 「仕事ですから」

 と俺が言った時、居酒屋金閣の出入り口辺りから『どかーん!』と言う大きな音がした。そして『ぐわっしゃん! がらがらがら!』と何かが壊れる音と振動がした。俺も中尾も他の客も『なんだなんだ!?』と立ち上がった。

 すると須賀が土足のまま走って来た。広い部屋を見渡して、俺と中尾を見つけると掘り炬燵のテーブルに両手を突いて『はあはあはあ』と荒い息を吐いた。

 「どうしたんや! 須賀君!」

 と中尾が驚いた顔で言った。中尾は須賀の事を君付けで呼ぶ。

 須賀は黒髪の刈り上げ短髪で、額には中尾の歯ブラシ攻撃の跡が幾つもある。以前は傷口が治るか心配していたけど、中尾の凶器が変わった時点で整形手術を受けると聞いた事がある。今傷口を塞いでしまうと、新たな穴を開けなければならないし、それに出血量が減ってしまう。

 彼は白いトレーナーにジーンズ姿で、スニーカーを穿いている。その全てに血が付着している。顔面、後頭部、首、腕、足に怪我をしているようだ。血混じりの汗が滴り落ちている。

 「大丈夫ですか!?」

 と俺はおしぼりで須賀の顔の血を拭いながら言った。傷はそんなに深くない。

 「だ、大丈夫や。血は、入り口の自動ドアを壊した時に切ったみたいや」

 と須賀。彼は八尾駅に近いマンションで一人暮らしをしている。彼は生まれも育ちも八尾だ。

 「自動ドアを壊したって、またどうして?」

 と中尾。

 「時間があったんで、ジョギングしてから来ようと思って…。それでいつもは行けへんコースを走ったんです…。ほんだら、変な公園みたいな所で女に襲われて…」

 「はあ?! 女!?」

 「赤い服を着た女ですわ…」

 「げっ! それって赤い服の女か!」

 「なんか知ってるんですか?」

 「幽霊や! 加西ちゃんと今話していたところや!」

 「幽霊なんかやないすっよ! あ、ビール飲んでよろしい?」

 と須賀は言い、中尾の生中のビールジョッキを持ってゴクゴクと飲み干した。

 「それで逃げて来たのか?」

 と中尾。

 「両手を前に突き出して『うおー!』って叫びながら走って来たので逃げました。そやけど、八尾駅のタクシー乗り場の辺りで捕まってしもて…」

 「捕まるって…?」

 俺は想像出来ずに呟いた。

 「羽交い締めされて…。とんでもない力やった。なんとか抜けて、一本背負いで投げて、立ち上がったところをジャーマンでまた投げて…」

 「す、須賀君! まさかコンクリートの上でやってないやろな!?」

 「やりました」

 「あ、頭が、後頭部が割れるぞ! 死ぬぞ!」

 「起き上がってきたんで、膝を蹴ってから腹に二段蹴り入れて、ドラゴンスクリューやって、ヒールホールドで膝関節を外して」

 「君は一般人相手に何をしとるか!」

 「外れた膝がすぐに元通りになって、またしがみついて来たんで、今度は飛び付き腕十字で腕曲げて、脇腹にサッカーボールキックを目一杯入れてからここに来ました」

 俺と中尾は顔を見合わせた。須賀はこんな冗談を言ったりする奴ではない。しかし、『コンクリートでジャーマン』『ヒールホールドで膝関節外して』『腕十字で腕曲げて』とか言ってる。それに必死に走って来て、金閣の自動ドアに身体ごとぶつかって破壊したのも事実だろう。

 俺と中尾が何か言おうと口を開こうとした時、金閣の出入り口の方から『きゃーっ!』『わーっ!』『ひぃー!』『ぎゃーっ!』と悲鳴が聞こえた。

 「みなさん! 部屋の隅に移動して下さい!」

 と須賀が立ち上がって怒鳴った。お客さん達は『何か起こっている』と察し、言われた通りに隅に移動した。そして須賀は仁王立ちになった。

 俺は胸ポケットからデジカメを取り出した。そして須賀を撮した。なんとも凜々しい顔をしている。総合格闘技の試合に臨む時の顔だ。

 中尾も立ち上がり、須賀の横に並んだ。試合では絶対見られない構図である。少し嬉しい。

 部屋の引き戸の向こうに赤いものが見えた。服だ。足も見える。灰色だ。素足だ。そして驚いた。赤い服はワンピースだ。しかも、見えているのは胸から下だけである。

 「うっ…!」

 俺と中尾は同時に小さく声を出した。のそっと、赤い服の本体が部屋の中に入ってきたのである。

 頭の位置が天井より上にあるので首を真横に曲げている。一体、何センチあるんだ? 顔は長い黒髪に隠れて見えない。黒髪は女の腰まで伸びている。

 肩幅も異様に広い。手も足も長い。とてもこの世のものとは思えない。

 須賀がグラップラースタイルのファイティングポーズをとった。中尾も。俺はよく彼が須賀とスパーリングをしていた事を思い出した。

 女が両手を前に出した。そして一歩、踏み出した。凄く怖い。

 「せいっ!」

 と須賀がダッシュした。女の腰にタックルして倒す。が、女はスイッと後退した。女は壁に背中からもたれるように倒れる。すかさず須賀は女から離れようとした。その瞬間、女が手を振った。

 バシーンッ、という音がして須賀が吹っ飛んだ。須賀は掘り炬燵式のテーブルの上を転げ、窓際まで飛ばされた。女の張り手を顔面に喰らった時か、窓の下の壁に首から突っ込んだせいか、須賀の意識が無くなったのが分かった。

 「このっ!」

 と今度は中尾が女に立ち向かった。ダッシュして、勢いをつけて、体重の乗った横蹴りを放つ。総合格闘技では、最初は大体『蹴りで距離を取るか、密着するか』のどちらかを選ぶ。これは間合いを計り、有利なポジションを得る為だ。前者は打撃戦、後者は組んでからの長期戦狙いだ。フェイントでカウンターを狙う場合もあるが。しかし、最初の蹴りが決まり、10秒ほどで決着が付く場合も多い。中尾は女の巨体を見て、その戦闘力の高さを感じ取り、短期決戦を挑んだようだ。

 ドスッ、と鈍い音がした。中尾の横蹴りが女の腹部に突き刺さった。

 が、女はゆらっと身体を揺らしただけだ。中尾はすぐさま後退した。

 俺は中尾の肩に触れてから、デジカメを女の顔の辺りに投げ付けた。そして女の右横に移動した。

 近くに寄ると、女の大きさを更に実感してしまった。また、女の身体から得体の知れないパワーのようなものも感じる。俺は『こりゃダメだ。やられる』と思った。

 しかし、身体は勝手に動いてくれた。女の右腕の肘と手首を掴む。ゴムみたいな感触だ。そして女の右腕を押しつつ、右足の膝裏に蹴りを入れる。すると女が傾き、前のめりになった。

 そこに中尾が試合でも使う右のハイキックを放った。凄いスピードと角度で相手の頭上まで届くこのハイキックは中尾のファイナルブローだ。勿論、プロレスの試合では急所を避け、相手が脳震盪を起こさないよう細心の注意を払っている。

 中尾のハイキックは見事に女の頭部を捉えた。ヘビー級のプロレスラーの本気のハイキックである。なのに女は前のめりになった身体を起こし、俺を振り払い、中尾に前蹴りを入れた。

 「どわっ!」

 俺と中尾はまた同時に叫んだ。俺は壁際まで飛ばされ、中尾は後方に転がった。起き上がろうとした時には、女は倒れ伏した須賀の横に移動してしゃがんでいた。

 女が須賀を抱き上げた。その時、俺は聞いた。女はか細い声で『おとうさん』と言ったのだ。

 そして女は須賀を抱えて部屋を出て行った。その巨体に全く見合わない凄い速さで。俺は特にダメージが無かったので後を追った。が、居酒屋金閣の破壊された自動ドアまで来た時には既に女の姿は無かった。靴下のまま外にも出たけど見当たらない。

 俺は呆然としていたらしい。気が付くと中尾が横に立っていた。何か言おうとしたけど、言葉が出て来ない。中尾も同じらしい。

 「あ、あれって…」

 中尾が絞り出すように口を開いた。

 「多分…」

 と、俺は呟いた。赤い服の女は心霊現象などでは無い事だけは分かった。だったら何なんだ? そんな自問自答しているうちに、パトカーのサイレンが聞こえてきた。



 その日の10時頃まで、俺と中尾は警察署で取り調べを受けた。俺達はありのままを話した。居酒屋金閣のお客さんや従業員の目撃者の証言とも矛盾しないけど、赤い服の女に攻撃を仕掛けた、つまり暴力を振るったという点で事情聴取から取り調べとなったわけだ。しかし、物証が何も無いし、肝心の赤い服の女の消息が不明だし、須賀の行方も分からない。お客さん達もあまりの事にスマホで撮影とかしている時間が無かったらしい。多分、明日から本格的な捜査が開始されるだろう。

 「何だったんだろうなあ、アレ…」

 中尾が困ったような顔で呟いた。場所は警察署の近所のファミレスで、中尾と俺はコーヒーを飲んでいた。まだ少し興奮している。中尾はスマホで木村社長と藤本選手に事の次第の連絡を終えたところだ。俺はタブレットPCで原稿を書いていた。朝刊の締め切りは午前2時だ。まだ時間はたっぷりある。

 しかし、俺がデジカメで撮影したのは須賀だけで、肝心の赤い服の女は撮っていない。これは大チョンボだ。あるまじき失態である。でもスクープはスクープだ。俺は関西スポーツの夜番の担当者に、記事に赤い服の女のイラストを入れるよう指示した。出来るだけ不気味に、と。巨大で、頭が天井につかえて、肌は灰色だ。須賀の写真はそのイラストと対峙としているように配置させるわけだ。八尾プロレスの記事は来週から書く予定だったけど、このスクープが俺のプロレス記事のデビューとなる。世の中、何が起こるか分からないものである。

 「それにしても加西ちゃんさあ」

 と中尾。

 「はい?」

 俺は顔を上げて言った。

 「あの時、咄嗟に女の体勢を崩したやん」

 「ああ、しましたねえ」

 「吃驚したわ。何かやってんの?」

 「えー、合気柔術を少し」

 「格闘技の心得があるんや」

 「いやー、週一で通ってるだけで、大した事ないですよ」

 俺は土曜日が休みだから、午前中は掃除したりテレビを観たりゲームやったり本を読んだりして、出来るだけ仕事から離れるようにしている。そうしないと仕事中毒になって神経的に持たないような気がするのだ。

 プロレス番になって自分も少しは鍛えないと思い立ち、土曜日の夕方だけ八尾駅前の大きなビルの一階にある『豪派流合気柔術』の道場に通う事にした。通っているうちに、身体を動かすのはかなりストレスの解消に役立つと分かった。

 通うようになってから知ったのだが、この道場には総合格闘技大会『極戦』に出場している若手実力者、江頭透と遠藤健一が師範代として指導にあたっていた。この二人も須賀に負けず劣らずの実力を持っている。二人共75㎏以下のライト級なので、95㎏以下のミドル級の須賀と対戦する事は無い。ちなみに、『極戦』の階級は65㎏以下のフライ級、75㎏以下のライト級、85㎏以下のジュニアミドル級、95㎏以下のミドル級、105㎏以下のヘビー級、105㎏以上のアンリミテッド級に別れている。

 練習がてら彼らにインタビューしたり、道場の様子を紙面で紹介出来る、と言うオマケも付いた。まだ格闘技関係の記事は書けないけど、取材しておくに越したことはない。

 この豪派流合気柔術は打撃技も多く、護身術としての合気道とは一線を画している。実戦合気道に近いような感もあるけど何処か違う。師範は山瀬類と言う30代半ばの男性だ。色々と用事あるらしくてあまり道場に来ないそうだが、一度だけ遠くから見た事がある。遠目でも只者では無いと感じた。

 「『頭が一つ、手も足も二本、ならば敵無し』これが豪派流の極意にあります。人間の身体の動きをよく知れば必ず制する事が出来る、と言う理屈です。この教えに沿って技を学んで行くんですよ。あの時は相手の体勢を崩す『型崩し』の一つを行いました」

 「へー。でもよく咄嗟にやったね。お陰でハイキックが決められた。効けへんかったけど」

 「自分でも驚きました。練習って、やるもんですね」

 「うんうん」

 「あの、明日は吹田で興行でしょ? 大丈夫ですか?」

 「電話でさあ、社長は『通常通りにやる』って言うてたけど、マスコミがいっぱい来るかもなあ。それに須賀君が行方不明やからなあ。ま、俺も怪我とか無いし、須賀抜きの組み合わせになるんやろうなあ」

 「やりますか?」

 「やるでしょう」

 「自分も行きます」

 「じゃあ、昼前にいつものように八尾プロレスで」

 「分かりました」

 吹田で興行、とは1970年に開かれた万博跡地にある『万博記念公園』の特設広場で行う興行の事だ。公園内には太陽の塔もあるし、観光名所も沢山有る。でも体育館のように室内ではないから露天試合となる。吹田は交通の便が良く、運動施設も多い。屋内競技場等で行う場合もあるが、基本は万博特設広場だ。

 他団体は、夜間に露天興行はあまり行わない。八尾プロレスは派手な照明でリングを照らし出す手法で人気がある。また、野球観戦のようにビールも販売するので何かと好評なのだ。

 俺はPCで書いた記事と指示書と写真と、明日は八尾プロレスに同行する旨の言伝を会社に送り、コーヒーを飲み干した。すぐに編集から了承する旨の返事がメールで来た。

 俺は東大阪の布施駅の近くのマンションで暮らしている。中尾は私立大学の近くの八尾プロレスが建てた寮住まいだ。俺も中尾もいつ遠方で長居するか分からないので身の回りの品は最低限しか置かないようにしている。

 ファミレスを出て、タクシーを呼んだ。すぐにタクシーがやって来た。途中まで一緒に乗り、私立大学の近くで中尾が降りた。

 「じゃ、また明日」

 と中尾。

 「はい。明日も宜しく」

 俺がそう言うとドアが閉まった。そして『布施駅まで』と運転手に告げた。

 …夜の街を走るタクシーの中で、俺は赤い服の女について考えを巡らせていた。不思議な出来事だった。いや、異様で奇怪な出来事だ。

 公園で赤い服の女を撮影した大学生は『おかあさん』と言う声を聞いた。須賀には女が『おとうさん』と呟いた。何故だ? ここに何かヒントがあるような気がしてならない。須賀の行方も気になるけど、赤い服の女が何者かを探りたくなってきた。

 「何者か、か…」

 と俺は呟いた。


【2】に続く。
このエントリーのタグ: 武澤信幸 連載小説 SF小説 怪談

赤い服の女

・登場人物紹介・

加西郁夫(かさいいくお)→本編主人公。関西スポーツの新人記者。28歳。身長172㎝、体重70㎏。独身。

須賀五郎(すがごろう)→27歳。八尾プロレスの新人レスラー。総合格闘技の選手でもある。身長180㎝、体重94㎏。独身。

中尾剛(なかおたけし)→30歳。八尾プロレスの大物レスラー。悪の軍団『河内極悪連合』のボス。身長185㎝、体重125㎏。独身。

藤本良二(ふじもとりょうじ)→八尾プロレスのトップレスラー。ベビーフェイス。身長190㎝、体重125㎏。37歳。既婚。

梶本明(かじもとあきら)→52歳。八尾プロレスの演出家。元劇団の演出をやっていた。結構有名。年齢45歳。既婚。

木村譲(きむらゆずる)→八尾プロレスの社長で創業者。身長175㎝、体重85㎏。40歳。既婚。35歳で足を痛めて引退。それを契機に社長業に専念。

永井真治(ながいしんじ)→35歳。身長182㎝、体重130㎏。藤本や木村と共に学生プロレス時代から参加。河内極悪連合の二番手を勤める。腹が出ていて、反則技担当。やられ役。未婚。

城川光彦(しろかわみつひこ)→34歳。身長168㎝、体重68㎏。芸能プロダクション『加納総合エンタープライズ』から出向の形で八尾プロレスでリングアナウンサーを担当している。既婚。木村氏の手伝いをする場合も多い。愛称は『ヒコちゃん』

井筒三郎(いづつさぶろう)→43歳。身長170㎝、体重85㎏。八尾プロレスのレフリー兼トレーナー。総合格闘技の道場主でもある。
このエントリーのタグ: 武澤信幸 連載小説 SF小説 怪談

無料キャンペーン情報!

只今準備中で御座います。

たまに覗いてやって下さい。
このエントリーのタグ: 武澤信幸 amazon Kindle お知らせ SF短編小説
≪前のページ≪   1ページ/26ページ   ≫次のページ≫